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2 病める神獣


 この世界には悪魔が実在していて、その痕跡が各地に残されている。

 そのうちの一つがこの不浄の地。

 土が腐り、風が止まり、魔物ですら近寄らない。


「こんなところにいるのか? 本当に」


 何度も地図と睨めっこをしたがこの先で間違いない。


「うえ……泥濘んでやがる。長靴履いてくればよかった」


 泥沼の上を歩いているような不快な感覚を味わい、ぬちゃぬちゃと音がなる。

 けど、このくらいなら害にはならないか。

 これより酷なると色々と問題が出てくるけど。


「帰ったらまたシャワーなんて御免だぞ」


 靴が汚れるのはこの際、しようがない。

 足を捕られて転ぶことだけは避けないと。

 足の沈み加減に気を払いながら一歩一歩と足を進めた。


「自慢の靴を汚したんだ、ちゃんと居ろよ」


 なるべく歩幅を大きくして進むと、腐った地平に建物が見えてくる。

 ようやく神殿にたどり着けたと思ったのも束の間、それが残骸であることに気付く。


「おいおい、嘘だろ」


 折れた石柱、崩れた壁、大部分が落ちた屋根に、周囲に散らばった瓦礫。

 元はそれなりに立派だったはずの神殿は、今や見る影もないほど壊れていた。

 廃墟という言葉さえ贅沢に思えるほどの悲惨な姿に、どっと気が滅入る。


「あー……どうすっかな」


 一度、来た道を振り返ってみると街が遠くに見えた。

 この腐った地面をまた足跡を辿って戻るのかと思うと大きなため息が出る。


「ちょっと休んでいくか。影くらいあるだろ」


 散らばった瓦礫の隙間を縫うように足跡を刻み、まだ辛うじて原形の残る屋内へ。

 入り口と思しき場所を潜ると、すり切れた絨毯が真っ直ぐに伸びている。

 それを視線で追っていくと、途切れた先で酷く穢れた何かを発見した。


「なん、だ? もしかして――」


 絨毯の上を駆けて近づき、その正体が自分が思い浮かべたものと同じであることに気付く。


「神獣……」


 瞼を閉じて横たわり、ぴくりとも動かない大きな獣。

 爪は欠け、牙は折れ、毛並みはべたついて絡まっている。

 ここが壊れ果てた神殿でなければ魔物と誤認してしまいそうだ。

 微かに腹部が動いていて、耳を澄ませば浅い呼吸音もする。

 この神獣はまだ生きているが病んでいた。


「これが成れの果てか」


 神獣は人々に恩寵をもたらし、人は神獣に繁栄をもたらす。

 どちらかが欠けてもこの世界ではままならない。

 人を欠いた神獣は打ち棄てられ、こんな悲惨な末路を辿る。

 誰からも忘れ去られてひっそりと息を引き取るんだ。


「どうにかしてやりたいけど、どうにもならないな」


 この穢れ切った神獣から恩寵をもらうことはできない。

 出来たとしても長くは続かないだろう。

 不憫だとは思うが、立ち去る以外のことは出来ない。


「なんだ、先客か」


 不意をついて声が響き、すぐに振り返る。

 一番に目に入ったのは大きく広げられた蝙蝠のような羽。

 人のシルエットに目が向いたのはその後のことだった。


「悪魔……か?」


 崩れた屋根の上に立つ悪魔は、ゆっくりと絨毯の上に降りる。


「俺は弱った神獣をぶっ殺しに来たんだがよ。お前、そいつ誓約者か?」

「……いや」

「違うのか? まぁ、それでもいいか」


 どす黒い瘴気が右手に集い、一振りの剣となる。


「今から殺すぞ、いいよな」

「そんな訳――」

「あぁ、もう返事はしなくていいぜ。決めたからな」


 瞬間、目の前から悪魔が消えた。

 即座に防御の姿勢を取ると、左隣から剣閃が過ぎる。

 剣の側面でそれを受けると同時に足が浮き、そのまま吹き飛ばされた。


「ぐッ――」


 人と悪魔の圧倒的な膂力の差。

 片手で軽く振るった剣撃でもこれだけの威力。

 何とか勢いを殺して踏み止まるも、その頃にはすでに次の攻撃が繰り出されていた。

 黒い剣先が伸び、目と鼻の先を突く。

 辛うじて躱すと背後の壁が突き崩された。


「なんだ? その動きは。お前、恩寵がねぇのか」


 緩慢な動きで悪魔は剣先を下げる。


「生憎、在庫を切らしてる」

「そうか。じゃあ」


 瘴気が周囲に集い、幾つもの刃を浮かべる。


「これでいいな」


 一斉に放たれる黒い刃。

 視界を埋め尽くす弾幕に剣を振るい、出来る限り打ち落とす。

 頬を掠め、肩を裂き、足を切られ、脇腹が悲鳴を上げる。


「クッソ!」


 致命傷は避けたがこのままでは摺り下ろされる。


「ミスト!」


 こちらに狙いを付けられないよう霧の目隠しで周囲を覆う。

 濃霧は瞬く間に視界を真っ白に染め、壊れ果てた神殿を包む。

 これで少しは楽になる。


「霧か。面倒な奴だ、先に動けない神獣のほうを――あ?」


 真っ白な視界の向こうで、この場には似つかわしくない異音が響く。

 何かが焼けているような、溶けているような、そんな物騒な音。


「なんっだ! これは! 体がッ! この、霧のせいか!? あぁあぁあぁあああッ!」


 絶叫と共に瘴気の爆発が起こり、霧が押し流されていく。

 濃霧が晴れ、視界が明瞭となり、その只中に立つ悪魔。

 その体は焼けたように爛れていた。


「なんて、強力な……神聖」


 鋭い視線で射貫かれる。


「お前はここで殺して置かなくては」


 向けられた明確な殺意に反応するより早く悪魔は駆けた。

 錆び付いたように欠けた剣を握り締め、この命を断とうと迫る。

 本気を出した悪魔に恩寵のない人間が敵う道理はない。

 今この場で悪魔より早く動ける存在は一つ。


「――なぜ、動ける」


 地に伏し、不浄に染まり、病んでいた神獣。

 その体は穢れを祓ったかのような真っ白な毛並みに包まれていた。


「白い狼」


 幼い頃に見たそれが悪魔に追い付き、その喉元に牙を立てる。

 防御も回避も許されず、なすがまま悪魔は頭部を失った。

 ごとりと転がった死体は灰のように消えて行く。


「感謝する」


 神獣の声。


「お陰で穢れが消えた」

「……感謝するのは俺のほうだ」


 白い狼に二回も助けられた。


「長らく眠っていたが、ここも変わり果てた」


 突き崩された壁ごしにみた不浄の地に神獣――神狼は目を細める。

 かつての景色を思い浮かべているのだろうか。


「封印はうまくいかなかったか」

「封印?」

「不浄を封じるためのものだ。かつて契約者たちが試みたはずだ」

「そうか……」


 この有様を見るに失敗したらしい。


「だが、お前ならこの不浄を祓えるやも知れぬ」

「……悪魔が焼けてた奴?」

「そうだ。お前の魔法には強力な神聖が宿っている。悪魔の身を焼き、我が穢れを祓うほどにな」

「この霧魔法にそんな力が」


 思ってもみなかった。

 外れ魔法にそんな使い道があったなんて。


「不浄の源泉がこの先にある。行けばわかるだろう」


 神獣は人間よりも上位の存在であり人間が神獣を助けるのは当然。

 それがこの世界の仕組み。


「あぁ、行くよ。でも、その代わりに頼みがある」

「……申してみよ」

「不浄の源泉をなんとかしてこの土地を元に戻したら俺に恩寵をくれないか?」


 俺の言葉を聞いた神狼はきょとんとした顔を作り、次の瞬間には大声で笑い出す。


「よかろう。お前と契約を結んでやる」

「よしきた!」


 両手を叩き、不浄の地を見つめる。


「待ってろ、俺がぱぱっとどうにかしてきてやる」


 不浄の地を正常な状態に戻そう。

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