13 スパイ
「そう言えばバリーの様態はどうなんだ? 酷い怪我だったけど」
「あぁ、バリーね。あいつならもう仕事に復帰してるわよ。入院する前より元気なくらい」
「アキトに助けられたのが相当気に喰わなかったんだろうな。鬱憤を晴らすみたいに凄い勢いで仕事してるって聞いたぜ」
「プライド高いからね、あいつ」
「まぁ、元気そうでなによりだよ」
元気の矛先がこっちに向かないことを祈ろう。
「それで、なんだけどね。彰人くん」
「ん?」
「私、助けてもらったお礼をしたいの。だから、どうかな? 一緒に食事……とか」
「ホントに? ちょうど腹が減ってたんだ。是非」
「よかった。もうお店は予約してあるの!」
不安そうな表情から一変、花が咲いたように明るくなる。
琴音の後ろにいる二人は互いに顔を見合わせてにやけ面をしていた。
「じゃ、お邪魔虫は退散と行こうか」
「そうね。あたしたちもご飯食べに行きましょ」
「二人とも相談に乗ってくれてありがとう。私、頑張るから」
どうも気合いの入ったお礼をしてくれるらしい。
期待しつつ、琴音と一緒に食事を楽しんだ。
会話の内容は二人だけの秘密、ということにしよう。
§
収穫された霊薬草がまた芽吹くように聖域の土が耕されていく。
農作業用のゴーレムが土をかき回し、土の色が変わっていく様を眺めつつゆったりとした時間が過ぎる。
「なーんにもすることがない」
神殿は建設途中、霊薬草は芽吹き待ち。
ならばダンジョンに行こうとも思ったけれど、あれはソロで挑戦するようなものじゃない。
俺の他にも契約者が必要だ。
とはいえ、それは慎重に行わなければならないことだ。
「いい? スパイに気をつけなさい」
「スパイ? なんで?」
「あんたね、状況考えなさいよ。霊薬草の独占契約してるのよ? それに聖域の警備も厳重。そうなったら、ほかの連中がどんな手を使うか想像つくでしょ」
「……うちの契約者になってこっそりってことか」
「そういうこと。まぁ、あからさまに腹に一物抱えてる希望者なら神狼が弾くでしょうけど。問題は契約者になったあと、金やらなにやらでスパイに仕立て上げられることね」
「それって防ぎようがなくないか?」
「そうよ。だから契約者を増やすなら慎重になるべきだし、増やしたなら目を離さないこと」
「難儀だなぁ」
シーナとの会話を思い出して、思わずため息をつく。
「いっそシーナがこっちに来てくれればいいのに……いや、それはいくら何でも甘え過ぎか」
これまで散々よくしてもらったんだ。
いい加減独り立ちするべきだろう。
「今のうちにどうするか考えないとな」
神殿の完成まで四週間ほど。
それまでに自分なりの答えを出そう。
「なぁ、今まで希望者って何人くらい来たんだ?」
「十八」
「それ全部断ったんだよな。腹に一物抱えてて」
街が霊薬の話で持ちきりになって数日。
もう霊薬草の原産地を突き止め、内部に入り込もうとする者がいた。
行動が思っていたよりもずっと早い。
弾かれるとわかっていて送ってきているなら、こちらを疑心暗鬼にさせる作戦かも。
「やってくる希望者は当てにならない。なら、スカウトか」
頭の後ろで手を組み、神狼の簡易神殿の前に寝転がる。
見上げた青空は澄んでいて、雲が優雅に散歩していた。
あのくらい心に余裕を持ちたいものだけど。
「そう言えば魔法学校の卒業式っていつだっけ。もう終わった? 終わってるならもう卒業生に内定出てるし、間に合わないか」
よくよく考えてみると、こんな先行き不透明な神殿に新卒を招き入れるのは気が引ける。
スカウトするなら経験者がいいけど、上手く行くかはやってみないとわからない。
「うーん」
頭の中で考えを纏めつつ、頭上を鳥が過ぎるのを眺めながら時間は過ぎていく。
「あの」
ふと青空に少女の顔が映り込む。
赤みがかった茶髪に、眠たげな瞳。
顔立ちは大人びていて、だけど雰囲気はまだ幼い。
「神狼神殿の方? 神狼との契約を希望しに来たんだけど」
「あぁ、はい」
起き上がって服の汚れを払うと、彼女が差し出した履歴書を受け取る。
「えーっと、サエ・ファルルフォン。サエ?」
「はい。ハーフ。地球と、異世界の」
「そっか」
地球と異世界のハーフは珍しくないが、多いわけでもない。
見慣れない名前の並びに思わず反芻してしまった。
失礼だったかな。
「……元々、神鳥神殿に? 追放ってことじゃなさそうだけど、なんで辞めたの?」
「神狼と契約を結びたかったので」
「うちと?」
「はい」
神狼神殿の名はまだあまり知られていない。
街中に出回った霊薬の恩恵で知名度が上がる見込みがあるが、それはまだ先の話。
この時点で神狼神殿は無名の弱小だ。
なのにうちに入るために神鳥神殿を辞めた?
どうもきな臭くなってきたな。
「……わかった。じゃあ、そこに立って。契約を結ぶか否かは神狼次第だ」
腹に一物抱えたスパイなら神狼が弾くはず。
履歴書と睨めっこするよりこちらのほうがずっと確実で早い。
「神狼。私と契約を」
「……いいだろう」
魔力の塊が真っ白な狼の姿となって駆け回り、サエの中に飛び込んだ。
神狼の魔力が混じり、恩寵がその身に宿る。
契約は成立した。
「というわけで。これからよろしく、先輩」
「あ、あぁ……後輩」
思っていた展開と違う。
絶対に弾かれると思ったのに、契約は結ばれた。
なら、スパイじゃない?
サエがスパイじゃないなら、なんでうちに?
疑問は尽きず、けれどその答えは彼女の中にしかない。
解答にはたどり着けず、ただ小首を傾げることしか出来なかった。
だから慎重にって言ったのに! と、シーナに言われている気がする。
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