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1 ネズミ捕り


「神獣の恩寵とはキミの世界でいうところのサーバーだ。契約を結んだ契約者が増えるたびに負荷が掛かる」


 彼は表情一つ変えることなく告げる。


「我々の役目は祭壇を作り、神殿を建て、供物を捧げることで神獣の力を維持、増幅させることにある。貢献。その手助けとして神獣は我々に恩寵を与えてくださるのだ」


 この世界の仕組みを。


「我々は常に神獣へ与える負荷よりも多くの貢献を求められている。キミはその基準を満たせなかった。よって本日を以てアキト・ミツミネを追放とする」


§


 子供の頃、真っ白な狼にあったことがある。

 キャンプ場からすこし離れた森で迷子になっていた俺を家族の元まで案内してくれた。

 家族は狼なんていなかったと言うし、その地域で白い狼を見掛けたという記録もない。

 夢だったのか、それとも本当に白い狼はいたのか。

 俺が地球を出て異世界に渡ったのも、心のどこかであの白い狼を捜していたから、なのかも知れなかった。


「俺がデカいチーズにでも見えてるんだろうな」


 発達した前歯、丸いフォルム、ミミズみたいな尻尾。

 小さな爪をカチカチと鳴らし、地下水路を駆けるのは巨大サイズのネズミ。

 汚れた毛皮を身に纏う魔物ジャイアントラットは、鋭い剣閃によって斬り捨てられた。


「まぁ、ゴキブリの相手よりマシか」


 死体を転がしても気は抜けず、次いで水路の奥から次が湧いてくる。

 仕掛けられたネズミ獲りはこんな気分なのかとため息を付きつつ剣を構え直す。

 その直後、背後に気配が生じた。

 即座に振り返り、その勢いのまま剣を振るう。

 弧を描いた剣閃がジャイアントラットを斬り裂いて、また一つ死体が増える。

 その合間に水路の奥から群れが迫り、もう目と鼻の先までの距離。


「ミスト」


 差し向けた左手から放つのは俺だけが使える固有魔法。

 瞬間的に立ち込め、視界を白ませるそれの正体は霧だ。

 殺傷能力を持たず、集団戦に向かず、対魔物に適さない外れ魔法。

 ただそれでも放てば効果はあるもので、一瞬にして霧に包まれたジャイアントラットたちは視界を奪われてうろたえる。

 そこへすかさず魔法を解除して霧を晴らし、戸惑った様子のところへ斬り込んだ。


「ノルマ達成。ちょっと多めに狩りすぎたな」


 鮮血が散り、すべてのジャイアントラットが地に伏す。

 今回も無事にノルマを達成することができた。


「はぁ……いつまで続くんだ? こんな生活」


 水路の水面を斬って血を流し、水気を切って鞘に納める。

 横たわる死体を躱して帰路につき、水路の管理施設に顔を出す。


「おっちゃん」

「おお、終わったか。んじゃ、回収業者を呼んどくよ」

「業者の人も大変だ。デカいネズミの死体処理なんてさ」

「誰かがやらなきゃ行けない仕事だからな。駆除も、回収も」


 大変と思われているのは俺も一緒か。

 そりゃそうだ。

 街の外へ出て魔物と勇敢に戦う姿に比べたら地下水路でネズミ捕りなんて、か。


「そういや、どうなんだ? 神獣から恩寵は貰えそうなのか?」

「いいや、街中の神殿を訪ねて回ったけど、どこもダメだって」

「そいつは妙な話だな。追放されたとはいえ最大手の神龍神殿に属してたんだろ? その肩書きを使えばどこでもフリーパスだろ?」

「その肩書きが問題なんだよ。どこも神龍神殿と揉めたくないから追放された奴は受け入れてもらえないんだ」

「じゃあ詰みか。へぇー」

「嬉しそうだな?」

「あぁ、いや。悪いな。ここの仕事は誰もやりたがらなくて人手不足でよ。若いお前さんがずっといてくれればと思ってな」

「お断りだって言いたいところだけど、そうなるかもな」

「よっし!」

「だからってガッツポーズは止めろ!」


 死体回収業者の人たちがやってきて、ジャイアントラットを駆除した大まかな位置と数を伝えれば俺の仕事は終わり。

 僅かばかり日当を受け取って嫌な臭いのする地下水路を後にする。


「臭いが移ってるな。シャワーを浴びて着替えないと」


 まだ午前中、午後からはまだ訪ねていない神殿を当たらないと。

 何を成すにもまず恩寵だ。

 神獣から力を貸してもらわないと現状を変えられない。

 とにかく虱潰しにいかないと。


§


 もしも魔法が使えたら。

 絵本、アニメ、マンガ、ゲーム、特撮。

 子供の頃から物語の英才教育を受けてきた俺たちの世代で魔法に憧れない奴はいない。

 心の奥底に焼き付いた憧憬、焦がれても届かないと諦めた夢。

 それが叶うとしたら、たとえ異世界に渡ることが条件なのだとしても、迷う奴は少ないだろう。

 俺がそうだったからだ。

 空を飛び、物を浮かせ、パンをケーキに変えられる。

 意のままに魔法が使えたらどんな気分がするだろう。

 胸の高鳴りのままに地球を飛び出し、異世界にやってきた。

 当時抱いていた万能感は今やどこかに消え失せ、後悔の念が強くなり始めている。

 俺はなにをしに異世界にまでやってきた?

 そろそろ地球に帰る頃か?

 その問いの答えはまだノーだ。いつまで首を横に振れるかはわからない。

 けど、限界が来るまでは意地を張ろう。

 だってそうだろう。

 魔法を手にしたんだ。

 それがどれだけの外れだろうと、自分だけの魔法を手にしたんだ。

 今更、これを捨てることなんでできるか?


「いいや、無理だ」


 酷く乱暴な音を立てて扉が閉められる。

 勢いの風が頬を撫で、その流れに逆らうように息を吐く。


「冗談だろ、これで何件目だよクソ」


 古びた煉瓦造りの神殿に悪態を付き、大人しくその場を後にする。


「恨むぜ、神龍。まぁ、俺が基準を満たせなかったのが悪いんだけどさ」


 神獣たる神龍の恩寵はどうも肌に合わなかったらしい。

 普通ならもっと力を与えられるはずなのに、他と比べて僅かしか得られなかった。


「ひょっとして俺のことが嫌いだったのか? 蜥蜴に悪さした憶えはないんだけどな」


 あるいは蛇か?

 いや、蛇には近づいたこともない。

 すくなくとも討伐対象になっていない地球の蛇には。


「これで街にある神殿は全滅か……」


 神龍を奉る神殿から追放されてから三週間。

 ほかの神獣の恩寵を得ようと神殿を巡ってみたものの。

 この界隈の最大手である神龍神殿から追放されたという肩書きはやはり重い。

 一緒に仕事をすることもあるから、とか。

 機嫌を損ねるような真似はしたくない、とか。

 そもそも追放されるような人間はダメだ、とか。

 神龍の顔色を窺うような理由で契約を結ぶことを断られている。


「あとは……街の外に一件か。ここがダメなら……とにかく行くか」


 拭えない不安は隅に置いて、立ち止まるよりかはと足を動かす。

 後のことは後で考えればいい。

 まだ希望はある。


「よう、ミツミネ」

「げ」


 声が掛かり振り返ると見知った顔ぶれがあった。

 神龍神殿で共に契約を結んだ同期たちだ。

 追放されたのは俺だけで、ほかは基準を満たして契約を継続している。

 いま、一番会いたくない人種だ。


「聞いたぞ、まだどことも契約を結べてないって」

「ちょっと、止めなさいよ」

「そりゃそうだ。うちを追放されただけでも致命傷なのに固有魔法が外れだもんな」

「霧! 霧って! なんの役に立つんだよ、そんなもん!」

「はぁ……付き合ってらんないわ」


 罵詈雑言が浴びせられる中でただ一人、シーナだけがこの場から抜ける。


「おい、シーナ。どうしたんだよ」

「どうしたもこうしたもないわよ。あんたらみたいなのと一緒にいると同類だと思われるでしょ。あたしは自分の評判をこんな下らないことで落としたくないの。ホント、付き合ってらんない」


 心底呆れたと言ったような顔をしてシーナはこの場を後にする。

 後に残った同期たちはみんな罰が悪そうな顔をしていた。


「だってさ」

「チッ。調子に乗るなよ、落ちこぼれ」

「待てって、シーナ!」


 同期たちはみんなシーナを追い掛けて去って行く。


「助けられたな」


 向こうに助けたつもりはないだろうけど。

 それでも恩義に思うことくらいは許されるはず。

 いつか恩返しをしよう。


「好き勝手言われっぱなしのままじゃ引き下がれないな」


 再び足を動かし、街の外にある神殿を目指す。

 足取りは強く、歩幅は広く、ずんずんと道を進み、辿り着いた。


「うわ……マジか」


 こちらの意気込みを挫くかのように、目の前には不浄の地が広がっていた。

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