1話。前世を思い出しました。ーー良かったのか悪かったのか。・4
短編の話はここまでです。
アンネリカの年齢を同い年から1歳下に変更してます。
ちなみに、何故貴族間で私の現状を知られているのかと言えば、かの、人を玩具にして遊ぶのが好きな公爵令嬢様が。うっかり王妃主催の高位貴族のみが参加出来るお茶会で口を滑らせたからに他ならない。……やっぱり、あの悪役令嬢さん怖いわー。
そんな状況で私がバレース家を出て、愛人の娘プラス婚約者が急にお披露目されたとしたら……社交界では何を言われても仕方ない。でも、私を家から出さないなら、公爵家から何をされるか分からない。取り潰されても文句は言えない。両親の顔色が赤と青を行ったり来たりしていて嗤える。というか、いくら下位貴族とはいえ、当主夫妻としてそれなりに夜会やお茶会に出ているはずなのに、自分達の現状が噂になっていることを知らないってどれだけ人付き合いをしていないのか、それとも鈍いのか。
出席すればそれなりに嫌味を混ぜ込んで真相を聞きたがる者達ばかりだと思うんだけど。それが貴族社会なんだから。それをされていないとはいえ、情報収集出来てない時点で、バレース家の未来が見えるんだけど。……もしかして、公爵令嬢様が裏から手を回して噂が届かないようにしてる、とか? まぁこれだけどうしようもないお父様だからなぁ。あり得るかも。なんで公爵家に勤めてた使用人に手を出しておいて、公爵家が知らないと思ったんだろうな、この父親。
とはいえ、私も早々にバレース家を出なくてはならない。あの悪役令嬢様をお待たせするのも悪手だ。私の味方だった専属侍女はそのままアンネリカ付きになってもらおう。
「では、私は本日を以てバレース家とは縁を切らせて頂きますね」
両親に目は笑っていない、満面の笑みを浮かべて言ってやる。後の事は執事に任せよう。彼には前から話をしていたので。
「さて、と。アンネリカ。ハレンズ。いきなり怖い思いをさせてごめんなさい」
マルティナは、この家に来てから怯えっぱなしのアンネリカと、そんなアンネリカを守ろうと必死になっているハレンズに声をかける。ハレンズだって、本当は怖いのだろう。足を見れば震えている。だから、なるべく優しく聞こえる声で、今度こそ心から笑顔を浮かべて2人を見た。2人は、マルティナの笑顔と声に警戒心を少し緩めたらしい。
ハレンズはとても賢い男の子なので、おそらく話は理解出来ているだろうが、アンネリカにも理解出来るように、先ずは2人をマルティナの隣に座らせて視線を合わせるように、話し出す。ちなみに私に嘲笑され脅された両親は、黙ってこの状況を見ているだけ。口を挟まないなら、構わない。挟んで来たら痛い目に遭わせるけどね。
「アンネリカ。あのね。あちらの子爵は、あなたのお父様なの。あなたは子爵という爵位の貴族の子なの。解る?」
アンネリカは、ラノベの主人公、チートな悪役令嬢である、かの公爵令嬢様のライバルになる所謂ヒロイン。要するにもう1人の主人公で、ちゃっかり令嬢ことマルティナの妹としてバレース家に来る。もちろん、ハレンズも一緒なのは変わらない。ハレンズは、ラノベではマルティナの婚約者という設定だ。
ハレンズも父親に認められるだけあって賢いが、アンネリカも母親だった愛人が賢かったからか、こちらも賢い。だから、今の説明を理解出来るはず。案の定、アンネリカはおずおずと頷いた。
「いい子ね、アンネリカ。それでね。私とはお母様が違うけれど、あなたは私の妹なの。でも。お父様もお母様も顔に傷のある私が嫌いだから、アンネリカにバレース家を守ってもらいたいの」
マルティナである私は、3歳で前世を思い出してから、自分の顔を隠す事はしていない。髪の毛で隠す事も化粧で隠す事も、だ。だから、アンネリカもハレンズも私の顔の傷には気付いているはず。だからこの傷が元で両親から嫌われていると知った2人は、泣きそうになった。
本当にいい子である。
マルティナは笑って気にしないで、と言ってから話を続ける。ラノベのマルティナは、顔の傷を恥じて髪の毛で隠したり化粧で隠したりしていて、更に傷を偶然見てしまったハレンズの同情心を愛情だと勘違いして、彼に執着する。そして、彼と仲が良く、更に同じ父親の娘なのに顔に傷が無い事で父親から愛されているアンネリカに嫉妬して、彼女を虐める。
それを知ったハレンズがアンネリカを守るものだから余計にマルティナはアンネリカを虐める事になり、結果、学園が始まる頃には婚約者であるハレンズとの仲は最悪で、ハレンズは妹のように可愛がっていたアンネリカを1人の女の子として恋い慕うようになる。これが原作のラノベのマルティナ達の関係。
だが。
私は本日を以て、バレース家から出て行くので、アンネリカを虐める事は無いし、そもそもハレンズと婚約しないし、傷を恥じてもいないので、変に性格が歪んでもない。
結果、原作通りにはならない。
要するに、マルティナは「1抜けた」って感じで逃げる事にした。原作のラノベ通りの人生を送るなど真っ平ごめん。最終回は知らんが、途中まで読むに、マルティナのラストは割と悲惨だろう。そんなラストを迎える気など更々無い。というわけで。
「アンネリカとハレンズには、この家を守るなんて大変な思いをさせると思うわ。でも、この家を守ってくれると、デルタ領という領地にいる民や、執事達使用人が、生きていけるの。生活出来るの。だからお願いしていいかしら」
2人は強く頷いてくれた。
「良かった。ありがとう。本当は、私がやるべき事なのだけど。この顔では結婚も出来ないの。男の方達は、皆、この傷が嫌だと言うし。お父様もお母様もこの傷が嫌いだから。私はこの家に居ない方がいいの。だから2人共、この家を私の代わりに守ってね」
更に2人はコクコクと頷いてくれる。
「もちろん、解らない事が沢山有ると思うの。だから、お手紙を書いてくれる? 執事に渡せば、私に届くから。お勉強で解らない事や、困った事。なんでも書いてくれれば、私が教えるわ。お約束してくれるかしら」
「「約束する」」
「ありがとう。それから2人は大きくなって、学園に入ることになるわ。学園は知ってる?」
「勉強する所」
「そうよ、ハレンズ。そこへ同じ年くらいの皆が一緒に勉強するわ。その学園でのお勉強が終わったら、2人は結婚するの。結婚してお父様とお母様みたいに……って、ああ、この2人じゃ、良い夫妻とは言えないわね……まぁ仲良しの家族になって。アンネリカは赤ちゃんをいっぱい産んで育てて、ハレンズはアンネリカと子ども達を守ってね。お願い」
ハレンズとアンネリカは、結婚して赤ちゃんを……という言葉に照れたように笑う。原作ラノベでは、アンネリカはハレンズや他の殿方と恋愛の駆け引きをするのだが、要するに逆ハー的なヤツだ。でも、原作通りにする気は無いので、ハレンズとアンネリカには婚約してもらう。そうすれば、恋の駆け引きなどで学園を騒がす事なく、良い夫妻になるだろう。
(そういえば、アンネリカってラノベでは結局、誰を選んだのかしら)
まぁもう読む事は無いので諦めるとして、そんなわけで執事に頼んで、2人を正式に婚約させて(書類をきちんと作成した上で、貴族院に提出すると正式になる)私は安心してバレース家を出た。もちろん、私がバレース家と縁を切る書類も作成して貴族院に提出済みなので、あっという間に私を捨てた事は噂で広まるだろう。
私だって好きで怪我をしたわけじゃない。
だから両親がきちんとマルティナと向き合ってくれれば、マルティナの頑張りを認めてくれれば、マルティナだってこの家を出る事など無かった。ハレンズと婚約するにしろ、しないにしろ、それは割とどうでもいい。なんだったらアンネリカとハレンズに結婚してもらい、生まれた子を跡取りとしてマルティナが引き取って育てたって良かった。
(ずっと頑張って来た勉強を無駄になどしたくなかった。頑張りを認めて跡取りとして見てくれさえすれば、こんな事にはならなかったのに。)
でももう仕方ない。
賽は投げられたのだから。
「さて。それじゃあ行きますか」
マルティナである私は1人、最低限の荷物を持って、辻馬車を拾い公爵家を目指す。そう、あのチートな悪役令嬢である主人公の公爵令嬢様。私は前世の記憶を取り戻し、公爵家との親戚付き合いで彼女に会った時に、自分を売り込んだ。
万が一、アンネリカとハレンズを連れて来られた時には、バレース家を逃げ出せるように。
かの令嬢は、とても退屈が嫌いで。故に、人を玩具にして遊ぶ癖がある。でも、公爵令嬢の地位をきちんと理解し、その責務も負える。だからこそ、人を見る目は厳しい。それ故に、私の手紙に父親の所業を伝えて、貴族の責務を果たせ、と叱り飛ばして来た。
本日、私が両親を追い詰めたのは、私なりの貴族令嬢としての責務を果たした結果だ。
それを行う交換条件として、マルティナが家を出たら、バレース家を存続するようお願いした。もちろん、責務を果たすのは当然だから交換条件になどならない。だからオプションを付けた。
マルティナ……つまり私をメイドとして雇う事のメリットを。
マルティナと公爵令嬢様は同い年。アンネリカは1歳下。ハレンズはマルティナの1歳上。そして、マルティナと公爵令嬢は親戚だからか、顔立ちと目の色が同じ。髪の色は違うが、それはどうにでもなる。つまり、入れ替わりが出来る。
彼女は面白い、と頷いてくれた。更には傷は隠さなかったが、隠す為の技術でメイクの腕前はバッチリなので、顔を彼女に良く似せられる事も売り込んだ。実際、親戚として彼女の家を訪れた時に見せてもいる。
彼女は更に食いついた。
なので、取っておきを出した。つまり、私、マルティナ・バレースが異世界の転生者だという秘密。彼女は案の定、目を輝かせた。退屈な人生に私という彩りが加わった。私を逃すわけがない、と予想したが、その通りになった。
そんなわけで、私、マルティナを公爵家のメイドとして受け入れる代わりにバレース家を存続する事を受け入れてくれた。そう、見逃してくれたのである。
ということで、私、マルティナ・バレース改め、今日から公爵家のメイド、マルティナとして第二の人生を歩む事にする。
ラノベに合った通りの人生なんて送りたくない。ちゃっかり令嬢と前世で笑っていたマルティナ・バレースに転生してしまったものは仕方ないが、私はラノベ人生から逃げ出したのだ!
でも。この後、何年も、バレース家とはなんだかんだで関わることにはなる。それは、仕方ないのだ。だって、ハレンズとアンネリカはバレース家……デルタ子爵領についてなんにも解らないのだから。
そんな私は知らない。
この日の話が、アンネリカとハレンズの心に私が“姉”として刻まれた事を。
後々、公爵家のメイドとしてのんびり過ごしていた私の元へ、親戚付き合いと称してアンネリカとハレンズが度々訪れて、2人揃って「マルティナお姉様」と呼ばれる生活を送る事になるなんて。
次話からは、成長したマルティナとハレンズとアンネリカが学園へ行くところから始まります。
月一回程度の更新予定。