5話。ーー前世の記憶を持つ私は異物。・4(完)
「直ぐに結論は出ないかもしれないわ」
母の一言にまぁそうか、と頷く。一週間の猶予をあげるからその間に決めて、と伝えておく。いつになるか分からないけれどエレクトリーネ女王陛下による“ご下問”が行われるのは間違いないから、出来る限り早い方がいいだろう。
「お、お前が取り成せばいい!」
あらあら、本当に何を言い出すんだこの男。
「何の関わりもない子爵家のために私が動く理由は有りません。仮に公爵様に子爵様のことを庇い立てするとか手心を加えるようお願いした時点で、私のクビが確定しますね。それもクビどころか物理的に首と胴体が離れる可能性も。私、自分の命の方が大事なのでこの家とあなたに関して何かする気は全く無いです。以上、話し合いは決裂ということで」
サッと退出する。執事が何か言いたいことがあるような顔で私を見送りに出てきた。
「取り敢えず子爵は平民確定だろうから使用人たちには夫人から紹介状をもらうように伝えて、荷造りもしておくように伝えたら? 返上しなければ女王陛下からのご下問を受けるわよ。褫爵の可能性があるわね。返上だろうと褫爵だろうと決まった時点でサッサとこの家から出なさいな」
頭を下げた執事に「本来ならあなたがあの子爵を諌める必要があったのよ。夫人と共に」 そう、告げる。執事は「お嬢様に決断させ難いことを決断させてしまい、すみませんでした。私の怠惰です」 と謝ってきたけれど。もう全ては終わったこと。
でもまだ潔いことだけは認めよう。
あの男もこれくらい引き際を心得てくれるといいのだけどね。
そう思っていたのだけれど。やっぱりそうはいかなかった。一週間の猶予期間でも子爵はグズグズとご下問があるとは限らないとかなんとか、話し合う気もなかったようで母からの手紙には、実家を頼って離婚したと記されていた。出戻りでは肩身が狭いとは思うけれど女王陛下からのご下問があるかもしれない、そんな家と縁付いているというのは外聞が悪いのではないか、と実家を説得して離婚した、とか。
その際にアンネリカの除籍も済ませたからハレンズとの婚約も無くなったらしい。まぁ平民に戻っただけだから婚約関係というより恋人関係という形なのだろう。好きに結婚して欲しいと別れる時に言ったとか。
あの子爵は母との離婚よりも愛人の娘との離別の方が堪えたらしく、アンネリカの除籍に猛反対していたらしい。でもアンネリカの意思は固いし、母の実家から母の実兄にして当主が仲立ちしたこともあって、殆ど無理やり除籍の手続きを終えたとか。
多分、伯父上は正妻の妹を蔑ろにしただけでなくその実子である私を除籍したことに腹が立っていたのだろう、と母の手紙には記されていた。
「あまり会うこともなかった伯父でしたが、一応身内の情はあったということかしらね。ふむ、ちょっとお嬢様に確認してお礼をしておきましょうか」
お嬢様の専属である私が、簡単にお礼状を出してしまうのは、後ろに公爵様がいることを匂わせてしまうので、公爵家からの礼として見られてしまう可能性もある。だから迂闊にお礼状も書くわけにはいかない。お嬢様にこんな内容の手紙を書くつもりです、と報告をしてそれに了承を受ければ書くし、内容変更を告げられればお嬢様が望むお礼状を書く必要がある。
さておき。
母の手紙によると。結局、父という人はやっぱりご下問を受けて。それが貴族の噂話であっという間に広がり。褫爵の憂き目に遭った。平民という立場だけど、訳アリ元貴族を雇う商会やら店やらがあるわけがない。それはエレクトリーネ女王陛下もご存知なのだろう。娼館で下働きをする下男の職に就くように、と命じられたそう。
あのプライドだけはやたらと高い男にその罰は屈辱だろうなぁ……とは思ったけれど。
娼館付近なんて私は一生縁が無いので関わることも無い。
母は暫く実家に身を寄せたら何処かの家の家庭教師でもやるそうだ。使用人たちには紹介状を書いたことが記されていて。アンネリカとハレンズは元居た場所で何とかやっていくらしい。
母ともきっと、もう関わらないだろうな、と私は思う。母に愛情はいくらかもらったとは思うし、自分にも母への情はある。でも所詮、あの人も貴族であることを辞められなかった人だし。関わらないのが互いのためだろう。
アンネリカとハレンズについても関わらないつもりだけど。ただ、街中で会わないとも限らない。その時が来たらその時考えることにしよう。
「何にせよ、私があの家から逃げ出した時点で、デルタ子爵・バレース家は終わっていたのかもしれないわね」
母からの手紙を読み終えて捨てる。
もう、私とは関係ないのだから。
前世の記憶が蘇ったことは結局、何か意味があったのか今でも分からない。
記憶が蘇らず、逃げ出すこともなかったとしても私がバレース家の跡取りから外されて除籍されてしまえば、こんな結末になっていた気もするから。
もしかして、前世の記憶が蘇った私はこの世界の異物だと思っていたけれど。この国の貴族社会では寧ろあの父である元子爵が異物だったのではないかしら。
だから淘汰された。……なんてね。考え過ぎか。
「ティナ」
「はい、お嬢様」
「お茶を入れて頂戴」
お嬢様の隣にある隠し部屋は専属侍女である私の部屋。そのドアの向こうから当たり前のようにお嬢様が仰る。
私はお嬢様の侍女として一生を生きていく。それが私の人生だ。
(了)
これにて本作は完結です。
ご愛読ありがとうございました。