1話。前世を思い出しました。ーー良かったのか悪かったのか。・2
では、マルティナを矢面に立たせるかと言えば、無論そんなわけがない。婚約者でも充てがって婿に後を継がせてマルティナは屋敷に軟禁させておけば良い、とあちこちに頼んでいた。だがダースの子爵としての付き合いでお願いした家は、自分の息子が婿になって後を継げたとしても、傷物の令嬢を妻にはさせたくない、と何処もけんもほろろの対応だった。格下の男爵どころか一代限りの準男爵・騎士爵でさえその返答なのだから内心腸が煮えくりかえる思いだった。
その鬱憤は有ろうことか、産後の肥立ちが悪くて病弱になってしまった妻であるアリティナとマルティナ本人に向けられた。さすがに直ぐに風邪をひくような病弱の妻に手を上げる事は無いが、マルティナには「お前さえ怪我をしなければ!」と良く手を上げている。
マルティナは泣く事もなく淡々とぶたれながら謝っていた。否、泣けば暴力が酷くなる事を知っていたので泣けないのだ。子爵家故に使用人は居るが、上位の使用人(つまり子爵一家に直接関われる使用人)は、執事・侍女長・アリティナ付きの専属侍女くらいのもので、あとはこの家では存在しないも同義の下位の使用人のみ。……つまり誰もマルティナを助ける事は出来ない。
母であるアリティナは(決して彼女が悪いわけではないが)唯一産めた娘に怪我を負わせた事に夫に対して負い目を感じて夫を諫めることも出来ない。更には夫の言う通り勝手に怪我をしたマルティナが悪いのだ、と殆ど関わらない。
そんな環境なのでマルティナは10歳にして達観しつつ淡々と日々を過ごしていた。
尚、3歳の時の怪我は確かに転んだマルティナ自身の所為であるが、そもそも生来が活発なマルティナである。そのマルティナが3歳で大人しく過ごせるわけがない。有り体に言えば走り回ってすっ転んだわけだが、それは自業自得で誰を責める事も出来ないが、マルティナ自身のせいでもない。
はっきり言って偶々のものでしかなかった。仕方がないのである、偶然なのだから。
けれどこの偶然の怪我から彼女は、とある記憶を思い出した。
(これってもしかして、もしかしなくても異世界転生ってやつ? あのラノベとかwebコミックなんかで見た? マジで⁉︎)
というのが僅か3歳のマルティナの精神面での葛藤。でもまぁ転生しちゃったものは仕方ないというヤツである。怪我を治す傍ら色々と日本のことを思い出して……ハタと気付いた。
(アレ? マルティナって前世で私が親友と爆笑したあのちゃっかり令嬢の事⁉︎ ウソん!!!)
慌てて見た前世よりはハッキリしない鏡を見て確認する。……間違いなくマルティナ・バレースだった。
(ラノベのコミック化で見た顔、そのものだわー)
と思うマルティナ3歳。何度も言うが3歳。3歳で将来の自分を思い出して……達観した。諦めたわけじゃない。逃れるつもりもある。ただ、どれだけ足掻いても最終的には、なるようにしかならないよね。と達観しただけである。
(マルティナって幼少の頃の怪我……つまりコレだよね……が、原因で父親からは疎まれ母親からは憐まれて育つんだよね、確か。憐まれるのは勘弁だからいっそ無関心で居て欲しいな)
というわけで、母親が無関心であるように、マルティナは母親と距離を置き甘える事は皆無のように動いた。10歳の現在、母親が無関心なのはマルティナのある意味努力の賜物である。父親が暴力を振るうのはコミックで見ていたし別にどうでもいい。
それよりは、と将来を見据えて色々行動してみることにする。とは言っても所謂転生チートがあるわけではなく、政治チートとか食べ物チートとかもない。将来を見据えて回避する行動を取るだけである。
(マルティナ・バレースって。ラノベ【チートな悪役令嬢に生まれ変わりました!】の主役の悪役令嬢の友人の1人なんだよね。そしてちゃっかり令嬢と前世では私含めて愛読者から嘲笑われていた女の子。よりによって、あの子かぁ……)
チートな悪役令嬢〜は、所謂婚約破棄からの逆転ざまぁとかの内容ではなくて。令嬢達のトップである公爵令嬢が主役。公爵家に生まれ育ったため、普通は厳しくも愛情ある淑女の見本として育てられるわけだが。実際主役の彼女もそうやって育っているのだが。とても鬱憤が溜まっていたために、気晴らしに人を玩具にするのが好きな令嬢だった。
彼女は人を玩具にするのが好きで。と言っても分かりやすくイジメなどしない。意地悪? イジメ? 何それ美味しいの? と真顔で言う程、その手の事に興味は無い。但しタイトルから解るように彼女は【チートな悪役令嬢】。イジメなんかで人を貶めるような安っぽい言動など起こさない。
人を玩具にする。ーーつまり、選択肢を与えてその選択を見届けるのが大好き、という令嬢だった。
例えば話の中でお茶会に出席した彼女は、自分のティーカップをわざと隣の席にいる令嬢近くへ置く。それは話の中では、わざとではなく自然に偶然に置いてしまったというもの。此処で様々な選択肢が出来た。
先ずは隣の席の令嬢がティーカップに気付いて主役の彼女にティーカップの事を教える。
続いて隣の席の令嬢がティーカップに気付かないでティーカップにぶつかりお茶をこぼしてしまうこと。この場合その溢れたお茶はその後……。
そんな選択肢を自然に与えて与えられた相手の表情・言動を楽しむ。そんな令嬢なのだ。そんな公爵令嬢ちゃんの困った性格は、だが考えてみればマルティナにとってはまたとないチャンスでもあった。
(だってさ、考えてもみてよ? チートなんだよ、彼女。つまり何でも出来る。もちろん元々公爵令嬢だから地位のある家の娘だし、金持ちというのもあるけど。父親も出来る男だから家が没落するような可能性はゼロに近いし、母親は社交界の花……つまり中心人物。彼女に取り入っておけば何の問題も無い人生が送れそうだよね)
そしてとても有り難いことに、マルティナとは身分差が有るのに友人になれる。それは。彼女が親戚だから、に他ならない。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
暫くは短編と同じ内容が続きます。




