5話。ーー前世の記憶を持つ私は異物。・3
「わたし、お姫様の生活って美味しいお菓子食べて綺麗なドレス着てるだけなんだって思ってたんだ」
アンネリカは戸惑うハレンズにそんなことを言い出した。……まぁ物語のお姫様なんて勉強たくさんしています。だの、マナーを覚えなさいと叱られます。だの、書いてあるわけがないよね。そりゃあ綺麗なドレス着て美味しいお菓子食べてニコニコ笑っているだけにしか見えないわ。
「でもお姉様がこの家のお姫様にならないで私にお姫様になってって言って出て行った後。いっぱいお勉強しないといけないし、音を立ててお茶を飲んじゃダメとか歯を見せて笑ったらダメだとか。ダメなことがいっぱいで嫌になったの。それにお父さんはお母さんと結婚してなくて。お姉様のお母様と結婚しているのにお母さんと家族になって。お茶会で愛人の子って笑われたし。家庭教師の先生に尋ねてみたら、私とお母さんはお姉様とお母様にとって嫌な人だって分かって。すごく嫌なの」
あら。
まさか愛した女の愛する娘から否定されるとは思ってなかったのかしらね。顔色が青いわよ、子爵。そしてやっぱり陰口は叩かれたか。
私がどんな人間か知られていないからアンネリカに代わっても何の問題も無い、とか子爵は考えていたのだろうけど。殆ど見たことのない私でも、生まれた時点で籍があったからには、私という存在が居ることは皆さま知ってるだろうに。
ほんと、そういうことを考えないで愛人の娘を跡取りにしようなんて考えるから、娘に嫌われることになるのにね。愚かな男。
「アンネリカ、悪口言われたの? 誰に?」
あ、マズイかな。ハレンズのトーンが低くなってる。アンネリカが陰口を叩かれたことが気に入らないのね。ケンカ売りに行くとは思わないけど、アンネリカのこととなると、周りが見えないからな。どうしようかな。
「誰、なんて分からないけど。一人とか二人じゃないわ」
……でしょうね。顔と名前が一致してないだろうから誰なんて分からないよね。そして私という正妻の娘が居るのに愛人の娘が跡取りだなんて、そりゃあ陰口を言われるよねぇ。お母様の娘ということにしておきたかったのだろうけど、貴族の世界は狭いからね。大したことないはずの子爵だとしても愛人がいることは噂になるよね。そして嫌がらせをするような器の小さい男だしね。余計に噂は広まりやすいよね。
……本来なら愛人なんて持つのは跡取りが生まれないって理由くらいだから余計に。アンネリカが悪いわけではないけれども、憂さ晴らしみたいな意味もあって攻撃対象になったんだろうねぇ。
「そうか。……じゃあお姫様の生活はしたくないんだ」
ハレンズに確認されたアンネリカが頷く。ハレンズは、それ以上のことは興味を失ったように声のトーンが戻った。誰に言われたのか分からないって時点でケンカを売りに行けないとでも思ったのかな。
……ということは。平民生活に戻る、かな。
「アンネリカが廃嫡を望むのならば、跡取りが居ない以上、爵位返上が妥当でしょう。速やかに公爵様に打診をして王家への口聞きを頼んだらいかがですか」
アンネリカが陰口を叩かれたことを知ってブチ切れるハレンズ、という図式にはならなそうで良かった。ブチ切れて何をするか分からない、なんて嫌過ぎだもんね。
そこに安心した私は、子爵に視線を向けることなく、母に改めて提案する。ついでに私への暴行(平手打ちのことね)も奏上すれば間違いなく爵位返上は受け入れられるだろう。
それでもその気がないようならば。
きっと公爵様が褫爵になるように裏で手を回すに違いない。
だって、公爵様もセレーネお嬢様もエレクトリーネ女王陛下も父であるこの子爵が嫌いで、貴族としての義務を果たさないのに権利を主張する無能、と苛立っているからね。
別にどっちでもいいわね。自力で爵位返上でも褫爵の憂き目に遭っても。さて、私に引導を渡されていることに子爵は気づくかしらね。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
最終話も本日中に更新します。