4話。前世の記憶は役立ちません。ーー立ち位置を示すしかない・4
「それならわたくしに退屈な思いをさせないためにも、褫爵のことを自らが申し出た、とあなたは母と義妹とその婚約者に打ち明けそうね」
「はい」
「義妹はおそらく跡取りという重圧から解放されるから喜びそうね。父親がどんな目に遭うのかも考えずに。母親の方は貴族から平民に身分が移ることを嫌がってさっさと子爵と離婚するかしら。実家に帰りそう。父親である子爵は平民に身分が移ることに耐えられなくて暴走しそうですわね」
「暴走なんて許さないでしょう? 公爵様が」
きっとあの父親は耐えられない。気が狂うか暴走するか。母親に離婚されてアンネリカが嬉々として平民に戻れば、きっと暴走する。気が狂うかどうかは神のみぞ知るといったところだろうけれど。
暴走なんて、公爵様が許さない。
自暴自棄に走るくらいなら役に立たない者の末路に相応しい対応をしそう。
「ただ、読めないのは義妹の婚約者か。物語でも義妹の恋人だったとかなんだとか?」
お嬢様の質問に頷く。
そう。読めないのはハレンズ。
彼は基本的にアンネリカが幸せであればそれでいい、という行動理念がある。
但し。
その行動理念が、貴族令嬢として、後々は女子爵として生きていくことが幸せだ、とハレンズが判断するのか。それとも平民に戻ってもアンネリカが笑顔溢れる日々を送っていることが幸せだ、と判断するのか。それが不明。
「成る程。これは退屈しないわね。わたくしも考えが読めない相手がどのように行動するのか。どのような思考に及ぶのか。その結末を見届けることが出来るわけね。いいわ。さすがわたくしの専属侍女。ティナの思うようになさいな。このわたくしが許可します。わたくしを一時的でも良いから退屈から解放しようとするあなたの想い、受け取りましたわ」
楽しそうな声音でお嬢様が声を上げる。自然とお嬢様に頭を下げる私。この人の本質は危険だと思うけれど、それでも人を惹きつけるお嬢様にお仕え出来ることは幸せだと思う私も大概、どこかが壊れているのだろうとは思う。
マンガ通りになりたくなくて逃げ出した生家。
その生家と……もっと言えば父親に、私の手で引導を渡しに行くことになるとは思わなかった。でも逃げたのは私。その後始末も私が行うべきなのだろう。父親との対話を試みて私はあの家から逃げ出さずにお互いの折り合いをつけるという未来もあっただろうか。
……いや、マンガとは別に、現実の父親も母親を尊重することはなく、況してや私の存在は最初から無い者のように見向きもしなかった。あの男にとって子どもとはアンネリカただ一人。妻は母であっても愛する女はアンネリカの母。私という人間は、あの男にとって不要なもの。
記憶が戻る前も戻ってからアンネリカを連れて来るまでも、あの男にとって私は石ころと同じようなそこに在るけれど、ただそれだけの感情も持たない思考を割くこともないモノだった。
……別に引導を渡しても痛む胸なんてどこにもないわね。私が注視するのは父親であるあの男でも、母親でも、アンネリカでもなく、その思考も行動も読めないハレンズのみ。
それはお嬢様の退屈凌ぎに打ってつけの存在。
私も大概、ハレンズを人だと思わず駒か演者のようにしか思っていないけれど、私にとって家族だぬた人達よりお嬢様の方が大切というだけのこと。
だから、中々にお嬢様の思考に近づいていることを自覚していても、今の自分の方が、好きだ。
さぁ、あの家に帰りましょうか。
お読みいただきまして、ありがとうございました。