4話。前世の記憶は役立ちません。ーー立ち位置を示すしかない・3
「お伺いしたいのですが、本人または跡取りによる爵位返上は」
爵位返上が可能なのか問いかければ被せ気味に否定される。
「受け付けないわね。お父様、子爵が嫌いだから。無能なら無能らしく大人しくしていれば良かったのに、無能の上に陰湿な嫌がらせをするし、あなたのことを雑に扱ったことが露呈したし、子爵家の寄親であることすら煩わしいようなの」
私は厳つい顔で更に細身の貴族が多い中、珍しくガタイの良い公爵様が相当お怒りであることを知って溜め息をつく。人の神経を逆撫ですることがつくづく上手い男だ、と実父に評価を下して頷いた。
「褫爵でお願いします」
「やはりね。ティナならそう言うと思ったわ。それで? 母親とあの二人はどうするの?」
「お嬢様。物語の最後は知らないのですが、途中までのお話を聞きたくありませんか?」
お嬢様の質問に対し私は全く関係ないことを口にする。お嬢様が珍しく戸惑った顔を見せたので、この方にこのようなお顔をさせられただけでも満足かもしれない。
「え、ええ」
「主人公はアンネリカ。彼女はとある子爵が愛人に産ませた子。妻との間に生まれた娘に愛情も無いし、妻にも愛情は無い。その上、妻の不注意で娘が顔に傷を作った事により跡取りから外すことに決めた。そして愛人の娘を跡取りにする。その後努力の甲斐あって跡取りに正式に認められて学園に。ここで平民出身の幼馴染ハレンズと再会。彼はアンネリカに会うために勉強だけに時間を費やして学園に。それからアンネリカはサンドルト第一王子殿下にも出会います。サンドルトはいつもニコニコしているアンネリカに惹かれる。婚約者であるセレーネのことを疎ましく思っていたから余計に。セレーネはサンドルトが元平民の少女を愛玩動物にしていると思い放置していましたが、取り巻きの一人であり、アンネリカの異母姉のマルティナは子爵家の跡取りの座を奪われた上にサンドルトまでも虜にしているアンネリカを憎く思うことに。それでセレーネの名を借りてアンネリカに意地悪をする。……ここまでが私の知る物語です。さてお嬢様にお尋ねします。私の罪はなんでしょうね?」
私が尋ねるとお嬢様は首を傾げて答えた。
「何もないわね。あなたが子爵家の跡取りの座を奪われたことを怒るのも分かるし、身分から考えれば子爵令嬢が王族その上婚約者も居る者と親しくしているのは咎められてもおかしくない。仮に王族の方から子爵令嬢に接近し、逆らうことが出来なかったとしても、それならば婚約者の令嬢を味方に付けるべきなのよ。それをしていないから、虐められる。そしてあなたがわたくしの名を借りることもおかしくないわ。時に大きな権力に立ち向かう時は同じくらい大きな権力を使うこともまた手段の一つ。この場合、サンドルトの庇護下にあるアンネリカを牽制するのなら、サンドルトの婚約者であるわたくしの名の下に行うのは筋。だから物語のわたくしだってあなたの行いを咎めてないのでしょう?」
まぁ正確に言えば、お嬢様の名を笠にきてアレコレやってたことが、やり過ぎだと叱られたところまでが物語。でも、元は退屈凌ぎで自分と何人かの親しい人以外を玩具にして、その顛末を見届けるのが大好きな人が、セレーネという人だ、とマンガでは言われている。だからマンガで私がやっていたことも退屈凌ぎになりそうだから、と放置していた。
……今のお嬢様もその本質は同じ。
退屈凌ぎになるのなら、と私を自由にしている。その顛末も退屈凌ぎになるなら、と他人の人生も面白がって観ている。……観客になっている。
その結果、誰が転落しようと誰が成功しようと全く気にも留めない。
それが現実のお嬢様。
本質はマンガと変わらない。
だから。
「そうですよね。そして私は面倒が嫌だからアンネリカに押し付けてあの家から逃げ出しました。そしてお嬢様を頼った。なぜだと思われますか」
「わたくしの家の権力によって身を守る術を得たかった、という事でしょう」
それもある。
でもそれだけじゃない。
「それだけのことならお嬢様に近寄らずに王家に庇護を申し出ますよ。だってエレクトリーネ女王陛下はそういうお方でしょう」
「それは、そうね。……まさか、あなた、わたくしに退屈な思いをさせないため?」
さすが聡明なお嬢様。
「もちろんですよ。お嬢様が退屈凌ぎに何かやらかすのではないか、という懸念を最初は抱いてましたが、今では純粋にお嬢様を退屈させたくないと思ってます。その私が、褫爵の憂き目に遭うだろう家と家族について、どう考えると思いますか」
ーーお嬢様は私の意図に気づいたように、ゆっくりと口元に笑みを作った。
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