4話。前世の記憶は役立ちません。ーー立ち位置を示すしかない・2
「それから先程も言ったように、あなたという存在が戸籍から消されて別の家の戸籍に登場したことに気づいた人が複数いるということも原因ね」
「えー……子爵家の小娘のことなんて、誰も気にしないと思っていたのに何故、複数も……」
私は面倒くさい……とハッキリ言う。
お嬢様が「仕方ないのよ」と苦笑いした。
「それもデルタ子爵のやらかしが原因ね。気に入らない相手に陰湿な嫌がらせをしていたらしくて。その嫌がらせを受けていた数人が、あなたの存在が戸籍から抹消されたことに反発を覚えたの。死んだなら死亡届なのに戸籍から消されたということは、あなたは縁を切られたということでしょう。あまりにも社交界に出て来ないあなたの母。それ以上に名前だけで全く姿を見ない令嬢。その上戸籍抹消。だから後ろ暗いことがあるのかもしれないって調べられたってわけ」
うわぁ……。そうか、せめて表向きは取り繕ってると思っていたけど、表向きすら取り繕えなかったのか。あの男。
「陰湿な嫌がらせを受けていた方達には申し訳ない気持ちですね」
「でもあなたが謝ることではないわよ。あなたはそれに加担したわけではないし。もうあの家から逃げ出したからね」
……あれ、もしかしてこの言い方って。
「お咎め……あります?」
「お父様がデルタ子爵へのご下問に関して止めてないからね。無能なのに貴族だと威張るだけの者って嫌いなのよ。役に立てるなら良かったけれど。お父様はあなたのことは評価してるわ」
それ、私以外はどうお考えで?
「ティナ。改めて尋ねるわね。デルタ子爵はもうどうしようもないけれど、あなたの母とあの異母妹達はどうにか出来る。どうする?」
お嬢様の問いかけにちょっと考える。
「アンネリカとハレンズには、あの家のことを押し付けたという罪悪感は、あります」
「そう。でも、その罪悪感は消していいと思うわ」
何故、とお嬢様を見つめる。
「何かあればあなたを頼ればいいって甘えたことを考えているんだもの、当然でしょう」
「ですが、あの子達は急に貴族の仲間入りをして、頼れる者が居ないわけですし」
そこまで言ってから、果たしてそうだろうか、と疑問に思う。
「気づいた?」
「社交場に出ている、とお嬢様から聞いておりましたね」
「そうよ。それもあなたの母が二人を連れて、跡取りとその婚約者だと紹介して、ね。正確に言えばリーネの承認を得てないから跡取り令嬢の位置にはついてない。でも周囲には跡取りだと紹介している。問題が無ければ跡取りと婚約者だとあの二人は受け入れられるわね。あなたの母はあなたのことを考えているだろうけれど、子爵夫人としての暮らしのことも考えて行動しているし、どんな気持ちであれ、アンネリカとハレンズの二人を受け入れていることも確か」
「……そう、ですね」
そうなる未来が分かっていたから私はあの家から逃げ出した。あの二人に後を押し付けるように。そしてマンガ通りにアンネリカは子爵家の跡取りとして母にも受け入れられた。
「あなたが逃げ出したことで物語と違う道を選ぶことも出来たのよ、あなたの母。だってあなたが居るのにって抵抗してもいいし、あなたを連れ戻さないなら離婚してもいいし。離婚は考えていたかもしれないけれど、離婚しても実家は肩身が狭いのだろうし、行く宛も無い。結局離婚しなかった。子爵夫人の立場も失いたくなかったかもしれないし」
その辺は分からない。
ただ、現実はアンネリカとハレンズを母は受け入れたということ。その時点で私のことを心配していようが会いたいと思っていようが、私が会う選択を取るわけがない。
そんなことをして変な事態に巻き込まれて、折角逃げたのに……なんてことになったら目も当てられないから。
「そして、あの子達は急に貴族の子として引き取られようがなんだろうが、それを理解して教育を施され、私に頼まれたからと言っても跡取りであることを受け入れた。貴族の一員として過ごす未来を受け入れた。大変だろうことはあっても、私を犠牲にしたと分かっていても」
「……そうね。そういうこと。そして何かあればあなたに頼ればいいと甘ったれた」
貴族の子になることの重圧はあるだろう。私から託されたという期待に応えたいとも思ったのだろうけれど。
それだけじゃない気持ちも、あるのだろう。
美味しい物を食べられて綺麗な服を着られてチヤホヤされて傅かれる生活、というものを知ってしまってその甘いキラキラした世界で生きたい、とアンネリカは思ったのかもしれない。
ハレンズはアンネリカと一緒に居たいから、見たくないものを見ないことにした、といった所か。
「ね? あなたが罪悪感を覚えることはないの。それを無くして、あなたはバレース家が貴族で無くなっても構わないか、考えてみて」
お嬢様は、もうその答えを私より先に知っているような気がする。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
次話は来月更新予定。