1話。前世を思い出しました。ーー良かったのか悪かったのか。
短編で執筆した作品の連載版です。
不定期更新
庭を走り回っているのは3歳の女の子。
貴族の娘なので3歳といえど、あまり走り回るのはみっともない。お付きの侍女や少し離れた所で見ている母親もハラハラとした表情。
そうして足元の確認などしないその女の子はものの見事に躓いてしまい……偶々花壇の近くだったためにレンガで囲われた花壇の、そのレンガの角に頭がぶつかった。当然痛くて泣き喚く女の子の額からは血が流れ落ち……侍女も母親も顔面蒼白。女の子は痛さが増してそのまま気を失った。
気を失った女の子を部屋に連れ戻し、慌てて医者を呼ぶが。手当てをした医者は残酷にも告げる。
「傷痕が残る可能性が高いでしょう」 侍女も母親も他の使用人達も一斉に顔が真っ白になり。仕事から帰宅した父親がその話を聞いて娘の心配よりも先に、母親に手を上げて「母親のくせに何をしていた!」 と怒鳴り散らした。
その父親の怒鳴り声で目を覚ました女の子は……頭を打った拍子に日本人であった記憶を取り戻した。
自身の名前。
額の傷。
元から仲が良くなかった両親。
色々な事から気付いてしまった。
「異世界転生かよ……」
前世日本の女子高生だった彼女が読んでいた本に出てくる「ちゃっかり令嬢」に自分が転生した事に、3歳の女の子は気付いた。そして思った。……詰んだ、と。
ちゃっかり令嬢こと、マルティナ・バレースは、デルタ子爵領・領主であるダース・バレースの長女である。
そのマルティナに、前世日本人だった自分が転生するとは思わなかった。というか、本やゲーム等に転生は百歩……いや、億? 兆? 京? 概? くらい譲って有ったとしよう。抑そこが御伽話だが、それが本やゲーム等が生み出した異世界転生って何それ。
那由多や阿僧祇どころか無量大数譲ったって御伽話どころか気持ち悪い。
考えてみて欲しい。
マルティナが前世日本人だった頃。
概念として、で有るならば。
別世界・異世界・パラレルワールドと呼ばれる次元があるとは言われていた。これもマンガ・小説・アニメ・ゲームなどの娯楽が発達していた日本人の女子高生であったマルティナが目にした物でも言われたし、勉強でも言われた。
つまり。
点が一次元。線が二次元。所謂平面ってやつだ。立体が三次元で空間。四次元は時間が加わる、的な。
つまり、空間の有った世界から平面の世界への次元を超えた転生は解る。いや、解りたくないけど。
だから此処が平面の世界で有るならば、納得がいく。だって、誰かの頭の中で作られた物語が本という媒体を経て世に出て来たので。その本の中で有る以上、平面であるべきで。
だというのに、何故、この世界は三次元なんだ!
「ちゃっかり令嬢」こと、マルティナが日本の世の中に出たのは、挿絵付きのラノベだった。だから平面ならば、納得いく。挿絵がついてたから、マルティナが平面……つまり厚みが無いペラッペラな存在だったら解る。いや、そんな人間、人間じゃないけど。でもペラッペラな存在じゃない。人外では無くきちんと人間だ。
マルティナも、夫婦仲の悪い特にモラハラ父も、使用人達も生きている事が、気持ち悪いと思う。平面の存在が立体的な存在。どう考えても気持ち悪いだろ。
それでもまぁ概くらいまで譲って次元を超えたのは受け入れよう。いや、受け入れたくないけど。
それなのに異世界って。
いや、おかしくない?
抑ちゃっかり令嬢の世界観は、中世後期辺り……だっけ? のヨーロッパ風の世界観だから、異世界になる、のか?
そんな事を前世の記憶を思い出した御年3歳のマルティナが考えていたので、当然、容量が超えた。……要するに知恵熱を出したのである。
その日から数日、熱に魘されるのと、日本人だった頃のマルティナが登場するラノベの内容を夢で思い出すことで。
熱が下がったマルティナは思った。
ーー気持ち悪くとも、もういい。受け入れるしかない。次元がどうたら、概念がどうたら、世界がどうたら小難しい事を考えても、分からないものは分からないし、私はとにかくここで生きている。
ーー前世の私はどうしたのか知らないし、異世界転生した理由も分からない。でも、生きているんだから仕方ない。
ーー私がやる事は、次元や世界の問題じゃなくて。自業自得とはいえ降り掛かるだろう火の粉を払い除ける事。
それだけマルティナは決意して、とにかくやれる事をやっていくしかない。
3歳でその境地に至ったのである。
それから7年。なんだかんだで、マルティナは10歳を迎えようとしていた。
一人っ子であるため、将来は女子爵としてデルタ領を治めるべく一応勉強する日々なのだが。当主である実の父・ダースはマルティナを女子爵として矢面に立たせる気が無かった。
立たせない理由は、たった一つだが、その一つこそが難問だった。彼女が3歳の時に負った傷に他ならない。
マルティナはダースと妻・アリティナの娘であることに間違いない。だがアリティナはマルティナを産んだ後……所謂産後の肥立ちが悪くて妊娠しづらい身体になっていた。マルティナが3歳で怪我をした後は余計にもう1人を産むよう夫に強く望まれたのだが……。出来難い身体になったのだろう、ダースもアリティナもいつしか諦めていた。
元々ダースはアリティナを愛してもおらず、ただ妻を娶らないと一人前に見てもらえない貴族社会だったから、仕方なく偶々条件の良かったアリティナを妻にしただけに過ぎないのだから、夫婦の営みもあまり多くなかったのも、出来ない原因で有った。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
公爵令嬢様のお話も別に連載してます。そちらでもティナは出ます。