おもいでをこぼす
ずっと憧れていたあの人は、もう近くにはいない。
中学校の同級生。ただそれだけだった。初めてしっかり話をしたのは2年生の時、自己紹介が終わったあと。席が近かったし、相手も読書をするというから声をかけてみたら、すごく気さくでいい人だった。
相手には申し訳ないが、堅くて真面目で話が合わなさそうだなと思っていた。だから楽しそうに弾むその声を聞いた時は、ひどく驚いたとともに偏見はよくないと身をもって知った。
ずっと、そうこの時からずっと、あの人は自分の中で憧れになっている。もし双方の知り合いに尊敬する人を尋ねられたならば迷うことなくその名前を出すだろう。だっていまだに忘れられず、挙句こうやって文字に書き起こしてしまっているのだから。
あの人は賢かった。あの人は慕われていた。あの人は愛されていた。そしてあの人は文章を書くのがうまかった。人が欲しいと思うようなものを全部持っていた。けれど、その人を憎むことはなかった。
その人は、元々持っている天性の才能にあぐらをかくことはなかった。たゆまぬ努力でその才能を磨き上げ、日々強くしなやかになっていったような気がする。
私がまだ文章を書き続けてしまうのは、そんな彼に物語を書いて欲しいから。わかってる、私が何か作品を作り上げたところで彼はそんな挑発にはのってこない。そういう人だから。
君を、尊敬する人として紹介したいんだ。高校で出会った新たな仲間にも。なあ物語を作ってはくれないか。勝負もしてないのに負けた気になって、意地だけで書き続けているこの私を止めてはくれないか。そして、その君の文章で誰かを救ってはくれないか。どうも私では力不足らしい。
そんな思いは私の心とこの文章に閉じ込めて、何食わぬ顔をして、明日からまた新たな創作を始める。
憧れの人は、ずっと遠くにいるけれど、まだ、離れきったわけではない。