アタシ ☆彡 揺らめく記憶
【ローズステークスGⅡ 阪神1800m(芝・右 外) 曇り:良馬場】
ゲート後ろでぐるぐる回りながら(レース前の輪乗り)、何度見渡してもアイツはどこにもいない。
アイツがでないと聞いて、こみ上げてきたのはただただ怒りだった。アイツのところに行って、「ふざけんな!」と怒鳴りつけてやりたかった。
もうレースなんてどうでもいい。アイツがいないなら、走る意味なんてない。
そのことだけで、頭がいっぱいになっていて、気付くとまなっちゃんを振り落としてしまっていた。
短く響いた悲鳴に、無意識に動いた視線。目にしたのはうずくまる姿だった。
血の気がひくように、頭から吹き出しそうだったものは消えていき、ごめんね、ごめんね、と繰り返しながら顔を寄せる自分がいた。
あの時、まなっちゃんは係員に「大丈夫」と言って、すぐにアタシにまたがった。
だけど……鞭を手にした時、一瞬顔をしかめたように見えた気がしたが……。
ゲートに入ると、「ユッカ、がんばろうね」という声が聞こえ、首を撫でる感触が伝わってくる。
そう、今はがんばるしかない。アイツのことなんか忘れてがんばるしか……。
小さくうなずいてみせる。
ガシャン!
そんな音がし、目の前が開けると、前と飛び出した。
次の瞬間、無意識のうちに周りへと視線を走らせる自分がいる。
アイツは! アイツはどこ?
アイツをさがしている。だって、アイツをマークして後方を追走し、直線で勝負するのが、みんなで立てた作戦だから。
だけど、アイツは……いない。わかってる。わかってるけど……。
あの目が浮かんでくる。悲し気にアタシを見つめたあの目、あの目が。
なぜだか、胸の奥のほうが震えている。
何かが浮かんでくる。もやがかかったようにぼんやりしていて、なんなのかわからない。
遠い、遠い記憶なのかなんなのか。確かにアタシの中にある何か。
アタシは……アタシはあの目を知っている。
とその時、耳へと響き渡る声が「ユッカ!」
まなっちゃんが声を張り上げている。さらに気づけば、首が激しく押されている。
う、うそでしょ。えーっと、今ってどの辺りなの?
のんびりそんなことを言っている場合じゃない。周りの騎手の手も激しく動いているし、鞭まで飛んでいる。
これって、もう最後の直線じゃん!
ぼけっとしている間に直線まできてしまっていた。
馬群の大外にいるのだろうか。
脚にはまだまだ余裕がある。これなら差せる。
気持ちも視線も前に向かった瞬間、『まっ、マジか』
遥か前に影が。
馬群を突き放している2頭の馬の姿が。
どんな展開でこうなったのか、知らぬ間に、こんなに離されてしまっている。
バカ、バカ、バカ、アタシは何やってんだ!
「ユッカ!」
再び響いた声。
視界には振り上げた鞭が。
左に持ちかえたのか、左の尻腰に鞭が飛んできた。
「ユッカ! お願い(反応して)」
再び鞭が――飛んでくることはなく、小さな悲鳴が。
何がなんだかわからないけど、まなっちゃんはぐいぐい首を押してきている。だが、鞭は飛んでこない。
ふと、顔しかめていたまなっちゃんの姿が浮かんでくる。
もしかしたら、あの時に手を痛めていたのかもしれない。それでも、必死に鞭を……。
ごめん。アタシのせいで、ほんとごめん。
こっから(前の馬に)届くだろうか。
届くか届かないかじゃない。
空を切るように手前をかえ、気合ともにハミを噛んだ。
届かせる。絶対に!




