表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイドルジョッキー馬になる  作者: ゆらゆらゆらり
90/98

アタシ ☆彡 あの場所へ~アイツと戦うために

  蝉の声が、やけに大きく響き渡る。あっちからもこっちからも。

 蝉だって懸命に生きている。わかるよ。わかってるよ。蝉は悪くないよ。だけど……だけど、今日だけはうっさいなんてことを言いたくなっちゃうわけよ。


 柵の向こうでは、でっかい扇風機が休むことなく動きつづけている。


 いつもなら暑さでいらついているが、今日はそれにも増していらついている。

 そんなアタシとは対照的に、今日も隣の馬房は静かなものだ。同じように目の前にある扇風機はフル回転しているが、ヒメ先輩サトミノヒメの姿は見えない。

 馬房の奥で瞑想でもしているのか。この暑さでも変わらずクールだ。


 その奥の馬房も静かなもの。

 まだデビューもしていない2歳馬くんだが、落ち着いたもので、信一がアタシと比べて手間のかからないいい子だとかなんとか、ぶーぶー言いやがるのが、ほんと頭にくる。

 きっと、牧場にいた時から、そんなんだったのだろう。だからなのか、馬名が模範生からモハンになったらしい。


 あとは、中央から超良血くんが入厩してくるらしいけど、どんなやつか楽しみだ。


 まだまだ少ないけど、前に比べれば、ここもにぎわってくる。

 アタシはあの1年、ただ遠い暗闇の中で見ていただけだけど、記憶にはちゃんと刻まれている。

 違う。見ていただけなんかじゃない。間違いなく一緒に戦っていたんだ。みんなとともに。


「おーい!」、そんな弾んだ声が聞こえ、信一が馬房に姿を現した。駆けこんできたから息も弾んでいる。


 アタシは次の言葉を待つ。はやる気持ちを抑えながら。


 今日は馬主が先生のところに来ている。アタシの次走を決めるためだ。

 その次走だが、アタシはどうしても走りたいレースがある。レースとかじゃなく、戦いたい相手だ。


 ルシュアジェシーノ


 オークスのレース後、アイツはどこか悲しい目でアタシを見ていた。

 あの時は何も感じていなかった。でも、アタシの記憶にはしっかりと刻まれている。


 あの目が。


 今ではあの目を思い出すたびに声が聞こえてくる――ライバルだと思っていたのに、こんなに弱いのか。


 悔しさがこみ上げてくる。アタシは……アタシたちはあんなんじゃない。だからこそ、もう一度。


 信一にお願いすると、馬主さんが問題だな、と言っていた。

 なんでも反対するから反対君という馬主さんは、勝てる可能性が高いレースを選んでくるということで、現に大井で行われる黒潮盃を希望しているらしい。

 アタシが九十九里の乗馬クラブにいる間にそんな話が進み、ヤマさんたちも、その方向で納得しているようで、本決まりになりそうだというのだ。


 それを聞いたのが数日前で、慌てて信一にアタシの思いを伝え、馬主さんを呼んでもらっていた。


 会議に行前に信一は、難しいかもしれない、と口にしていた。


 アタシは、「アイツとのレースじゃなきゃボイコットするから!」と怒鳴りつけるように送り出したけど……アタシの中にも不安な気持ちが広がっている。


 あのオークスの惨敗は誰の胸にも深く突き刺さってしまっている。信一でさえ、最初は渋っていたのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。




 目の前で立ち止まった信一は視線を落とし、大きく肩を揺らしながら息を整えている。

 整えている。

 整えている。

 整えている。


 整え続けている。わざとらしいほどに――『おいっ!』


 アタシの声で顔を上げた信一は、にやりと笑った。そして、指で作ったのはOKマーク。


 ってことは――『よっしゃ!』


 どうやら、信一が必死に説得してくれて、なんとかOKをもらえたらしい。いやいや、よくよく聞けば、意外とあっさり承諾してくれたようだ。

 社員さんたちが東京競馬場での応援にはまってしまったらしく、今度はいつ走るんだと言われていたというのだ。


 信一や先生たちのような馬に携わる人たちは、どうしても惨敗のほうが胸に残ってしまう。増してや、レース後のアタシがあんなふうになっちゃったから。

 でも、みんなの胸には辛いものが刻まれているだけじゃない。もっと大きなものがあったんだ。フローラステークスのあの喜びが。


 みんなのためにももう一度。

 今なら大丈夫。アタシはアタシだから。


 戦いの場は東京じゃなく、阪神だけど、そこは信一がひと押ししてくれたようだ。


「社員旅行に関西観光も兼ねて競馬場なんて最高じゃないですか」


 そのひと言に、反対君はタブレットに指を走らせ、損益の計算をしだしたらしい。

 そこは雪香ちゃんたちみんなが、がんばってきてくれたし、社員旅行のお金だって、ねえー。


 となれば、当然こうなるよね。


「ユッカ。行くぞ阪神!」


 信一の声にアタシは大きくうなずいた。


 目指すは阪神競馬場・ローズステークス。


 待ってろ、ルシュアジェシーノ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ