表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイドルジョッキー馬になる  作者: ゆらゆらゆらり
86/98

アタシ ☆彡 こんにちは 

 目に映るものも、耳に届いている音も留まることなく、ただ流れすぎていく。

 そんな中で、あたしは問い続ける。


 アタシはだーれ?


 ユッカ……その言葉が繰り返されるように響いている。

 言葉じゃない。声? 


 流れ過ぎていくだけだったものなのに、目に映ったままそこにいる。

 見知らぬ誰か。でも、アタシは……アタシはこの人を知っている。


「ユッカ」


 再びそう言って、迫ってくる。


 暗闇の中で、響いていた声。

 いくつもの映像が浮かんでくる。いくつもの「ユッカ」と呼び掛けてくる人たちの顔とともに。


 アタシの首元をなでて、「ユッカ」と言われた瞬間、首を振って叫んでいた。


『アタシはユッカなんかじゃない!』


 首をなでてきた人が尻もちをつくように倒れている。

 すぐに誰かが駆け寄り、2人とも目を見開いてアタシを見上げている。


「まさか、しゃ、しゃべれるのか?」


 そう言ったこの人も知っている。この驚いた顔だって……そうだ。大前信一とかいう名前だって。


「ユッカ。本当にしゃべれるのか?」


『アタシはユッカなんかじゃない! ユッカはアンタであって、アタシじゃない』


 信一が抱き起しているヤツを見て、そう言い放った。さらに言葉が溢れ出る。


『ユッカはアンタとアイツ(ルビームーン)であって、アタシはアタシは……』


 言葉が詰まる。そして、漏れ出たのは、『だーれ……』


 何かがこみ上げてくる。目の前が曇っていく。

 アタシは、アタシはだれなの? アタシは……。


 曇った視界の中で、近づいてくる姿。アタシの首へと再び手を。


 アタシは首を振った。でも……しっかりと抱きしめられている。


『アンタのアンタのせいで……』

「ごめんね、ユッカ。私のせいで辛い思いさせたよね」


 そう言って強く抱きしめられると、こみ上げてきていたものが、目からあふれ落ちる。


「ユッカのおかげでビーちゃんも私も救われた。本当にありがとう」


 さすってくれる手の温もりに、あふれてくるものが止まらない。何かも洗い流すようにこぼれ落ちていく。


「一緒にいてくれて、ありがとう」


 そう。いつも一緒だった。一緒にいたんだ。

 あの時も、あの時も、あの時も――


 顔を上げれば、緑の傾斜が見える。あそこだって、何度も一緒に駆け上がった。

 そう、雪香ちゃんと一緒に。


 アタシは泣きじゃくる姿のほうへと顔を向け、声を飛ばした。『ねえ、信一』


「ま、マジか。俺の名前を……」


 一段と泣きじゃくっている。


『ピーピー泣いてないで、鞍持ってきてよ』

「くらって、あのくら(鞍)?」


 とぼけたことを言うコイツは無視して、雪香ちゃんに、『また、いつかのように一緒に走ろうよ』


 雪香ちゃんは、にっこり笑ってうなずいてくれた。

 だけど、すぐに信一から、


「いや、だけどリハビリ中で、速歩までしか乗っていないって、まなっちゃんから聞いたけど」


『ごめん。リハビリ中か』


「ううん。大丈夫。ユッカと走りたいよ。信ちゃん、前に使った鞍ってまだある?」


「たぶん、あると思うんだけど、今場主が……」


 信一の話によると、まなっちゃんが来ると思って、ジンギスカンでも振舞いたいと買い出しに行っているそうだ。


 場主、その言葉がじわじわ胸にしみていき、浮かんでくる姿と重なっていく。

 おじいちゃん……おばあちゃん……。

 誰よりも会いたい。今だからこそ、その思いがあふれてくる。



 とその時、遠くのほうで、何やら物音が。視線を向ければ、牧場の入口の砂利を踏みながら軽自動車が。


 降りてきた2人の姿に、思わず牧柵へと駆け寄っていた。

 思いがあふれ、声を詰まらせながらも、『おじいちゃん! おばあちゃん!』


 2人が足早に近づいてくる。再び声をかけたが、おじいちゃんは信一のほうへと顔を向け、「ユッカが……」

 顔が柔らかに崩れていく。嬉しそうな笑顔が広がっていく。


 もう一度、声をかけたが届いてはくれない。

 きっとアタシの何かが変わったんだ。おじいちゃんの表情にそれがあふれている。


 アタシは無意識に牧柵から首を伸ばし、おじいちゃんの肩をハムハム。


 自分でも何をしているんだと驚いたが、おじいちゃんも驚いている。でも、すぐにおばあちゃんと顔を見合わせている。


「おいっ」と言って、信一が駆け寄ってくるが、それより、潤んでいくおばあちゃんの目。

 アタシの横へと立ち、首を撫でながら、「ハムちゃん」


 その呼び名に胸が震える。


 そうだ。ユッカと呼ばれる前は、2人はそう呼んでくれていた。

 ハムハムと甘噛みするのが癖だった。それを2人は喜んでくれていた。


 だから――おばあちゃんにも


 おばあちゃんが、目を潤ませ、何度もうなずいている。



 アタシはアタシ。ちゃんとここにアタシがいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ