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アイドルジョッキー馬になる  作者: ゆらゆらゆらり
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信一 ♠ 再会

【星天ファーム】


 もう一日そこにいてはしい、と言っていたまなっちゃん。翌日、気にしながら待っていると、再び電話があり、さらにもう一日待っていてほしいと言う。

 そう言われても、さすがに場主に、これ以上迷惑をかけるわけにもいかず、


「それは、ちょっと……」

『お願いです。明日、絶対にそこに行きますので』


 語気を強めて言われてしまうと、「わかった」と言うしかなかった。


 ということで、場主にお願いすると、彼は優し気に微笑んで、「うちはいつまで居てくれても、かまわんよ」



 その言葉に甘えて、お世話になってしまった。

 そして、今はユッカを放牧場に連れてきている。その場で引綱を抜いたが、ユッカは今日も立ち止まったまま、遠くを見つめている。


 ここに来てから3日目になるが、ユッカは何も変わらない。覇気のない姿に、力のない目。

 その姿を見て、悲し気な顔になる場主や奥さんに胸が痛む。


 ここに連れてきても何も変わらない。ただ、2人を悲しませただけかもしれない。


 ヤマさんたちは、時間が経てば、気力は戻ってくると思っているだろう。

 でも、俺は知っている。まなっちゃんも。

 心にある不安が恐怖となって広がってきている――ユッカはもう……。



 

 柔らかな風が流れるだけの、静かな空間でユッカは何を思っているのか。

 普段なら鳥や動物の声が聞きこえてくるのに、今は何も聞こえてこない。

 ユッカは遠くを見つめつづけ、俺は牧柵に腕を置き、そんな姿を見つめつづけている。


 とその時、物音が耳元に届いてきた。

 タイヤが砂利を踏む音だと感じながら、視線を向ければ、少し離れた牧場の入口を入ったところにタクシーが止まった。


 降りてきたのは、帽子をかぶり、リュックを背負っている女性。まなっちゃんが来てくれたようだ。小さくお辞儀して、タクシーを見送っている。


 振り返った彼女へと声を飛ばす。


「おーい! まなっ……」


 こっちを向いた顔は、距離があるとはいえ、まなっちゃんでないことはわかる。歩きだし、こっちに向かってくる彼女に、心臓がドキドキ。ドキドキ。ドキドキ。


 目の前に立った彼女は戸惑いがにじむ声で、「こんにちは」

 俺も、なんと言っていいのか困っての、「ど、どうも」


 目の前にいるのは田所雪香。会うのは初めて……? 

 でも、一年近く一緒に暮らしていたんだよな……?


 彼女が目覚めたという知らせを聞いて、まなっちゃんはすぐに会いに行ったが、俺が行くことはなかった。

 まなっちゃんに一緒に行こうと言われたが、断るのは当然といえば当然のこと。田所雪香とは面識がない。

 そんな俺が会いに行くのはおかしな話。それに不安もあった。もしかしたら、全てが俺の妄想ではないか。ユッカが田所雪香だったなんて俺の思い込みだったのではないかという不安が。


 でも、戻ってきたまなっちゃんの話で、その不安は消えていた。

 間違いなく、ユッカは田所雪香だった。


 だから俺たちは、初めまして、とうのも変な話ではるが。


「なんか変な感じだね」


 彼女もそう思っているようだ。その言葉に、だよな、と返したが、なんともぎこちない。

 距離感がつかみきれない。

 そうそう、気になっていることを、「えーっと、まなっちゃんは?」


 話を聞いてみると、彼女の実家がある那須にまなっちゃんは行って、北海道に向かってほしいと頼みこんだそうだ。

 まなっちゃんは、「わたしじゃダメなの」と唇を噛み締め、「雪香ちゃんじゃなきゃ、ユッカを救えない」と涙ぐんでさえいたという。


 彼女の視線が俺から、すっと流れていく。その視線が向かった先で、ユッカは変わらず遠くを見つめている。


 彼女は牧柵に近づくと、腰をかがめて、白い木板と木板の間を跨ぎながら通り抜けて、放牧場に入っていった。

 俺もあとを追うように中へ。


 まわりこむようにユッカの前に立った彼女は、「久しぶりだね、ユッカ」


 ぞわりと鳥肌が。フローラステークスのあの時以来、ユッカに初めて反応が。微かに目が揺れるように動いただけだけど、彼女の声に確かに反応した。


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