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アイドルジョッキー馬になる  作者: ゆらゆらゆらり
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雪香 ☆ 復帰に向けて

【那須高原のとある畑】



「気をつけろよ」


 私がナス君の背にまたがると、いつものように声が飛んでくる。視線を向ければ、今日もじいじは心配顔。

 そんなじいじに、笑顔を作って、うなずいてみせる。


 思えば、ここまでくるまで大変だった。

 さすがに、1年間寝たきりだったので、筋肉が落ち、家の中を歩くことさえ大変な状態だった。

 それでも、看護師さんや妹の小春が、毎日関節を一本一本動かしていてくれたおかげで、リハビリして筋肉が戻ってくれば問題なく、後遺症などもなかった。


 それからは家の中から始め、近所を歩くなどすることで筋肉を戻していき、今はじいじと一緒に軽トラで畑に行くのが日課になっている。

 元はじいじが経営する酪農場だったが、今は牛舎などの建物も取り壊し、畑になっている。


 

 ポンっと、足でナス君のおなかに合図を送れば、ゆっくりと動き出す。牛のようにのっそりのっそり。

 ナス君は、私が小学6年の時にこの酪農場にやってきた。突然、騎手になりたいと言い出した私のために、じいじが知り合いから譲ってもらってきた馬だった。

 さらに、酪農場を囲むようにコースまで作ってくれていた。


 それから騎手の教養センターに入るまでの4年近く、毎日のようにナス君に乗っていた。

 乗馬経験などなかった私の師匠は、若い頃に北海道の酪農場で修行していた頃に乗馬技術を身につけたというじいじだった。

 乗り手も素人だし、教え手だって素人のようなもの。それでも、なんとか試験に合格し、教養センターに入れたのは、まさにじいじのおかげだ。


 私たちの様々な思い出が残るそんなコースを、畑にした今でも残してくれていた。そこをゆっくり歩いていく。

 昔はこのコースを走りまわっていたが、今はのんびりのんびり。

 私が教養センターに入ってからは、じいじが引きながら散歩していたので、ナス君もそのペースが身についている。


 ナス君も年を重ねて、すっかり落ち着いている。最初にここに来た時は8歳だったから、働き盛りといった感じで素人が乗りこなすには苦労させられた。何度も振り落とされたこともある。

 それもこれも、いい思い出だ。

 

 久々に会ったのに、ちゃんと私のことを覚えてくれていて、昔のように、撫でて撫でて、といった感じで首を寄せてきた。その姿に思わず涙ぐんでしまった。

 10日ほど前に事故以来、初めて馬にまたがったのだが、胸の中にあった恐怖心はすーっと消えていった。

 ナス君の背中が伝わってくる安心感が、全てを消し去ってくれていた。それから乗りつづけることで、馬に乗る感じも取り戻しつつある。


 来週には、真夏の紹介で千葉の乗馬クラブでリハビリを兼ねて、働かせてもらえることになっている。一応、私が私として行くのは初めてだが、ユッカとしてはお世話になったことがある場所。今はヒメちゃんが放牧中らしく、会えるのが楽しみだ。


 腰を少し浮かし、手綱を軽く押すと、ナス君の脚がすっと伸び、常歩の状態に。

 常歩から、一昨日は速歩までは問題なくこなしている。とはいっても、体のいろいろなとところに力が入っていたのだろう。昨日はあっちもこっちも筋肉痛になっていた。


 今日も、もう一段上の速歩へ。


 大丈夫。体のバランスはとれている。


「雪ちゃーん」


 突然、赤々としたトマトが実る茎の間から顔をだしたおばちゃんから声が飛んできた。

 広い畑はじいじが趣味として家庭菜園している一部以外は、20区画ほどに分けて、市民畑として年間3000円で貸し出している。

 水道や光熱費にもならないが、みんなでわいわい楽しんでいるという感じだ。


 おばちゃんの声に軽く頭を下げると、さらに大声が


「あとで、トマトもっていくからね」


 私も大声で、「ありがとございます」


 こんな感じで、声をかけてくれたり、野菜をおすそわけしてくれたりしている。

 今、じいじが管理していて、私も手伝っている区画は、幼稚園が借りてくれていて、秋にはさつまいもができる。

 その時は幼稚園生がさいつまいも堀りをするらしい。時間があったら、ぜひとも一緒に楽しみたいが、私は私でやるべきことがある。


 思わず、力が入ってしまったのか、いつのまにかキャンターになっている。


 さらにスピードに乗せていきたという気持ちを抑え、手綱を締めていく。

 ナス君は素直に従ってくれて、速歩でコースをまわっていく。


 馬上の揺れに、胸の中も弾んでいる。

 今日は久々に真夏に会える。久々といっても、一か月半ぶりくらいだろうか。私が意識を取り戻した後に、すぐに会いにきてくれていた。

 それから連絡は毎日のようにとっているが、会うのはそれ以来になる。


 それにしても、昨日の電話で突然会いに行くと言われたのだが、いったいどうしたんだろう。

 真夏は今や、他場(南関東の大井以外)も乗る騎手なので休みはほとんどない。レース以外も毎日のように調教がある。


 なのに、急に会いたいなんて……どうしたんだろう?


 電話の時に聞いたのだが、会ってから話すと……。

 会えるの嬉しいが、やはり気になる。





――そして






 真夏と会った翌日の今、私は北海道に向かっている。


 ユッカ……。


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― 新着の感想 ―
[良い点] つい最近この作品を知っておいしいところで止まってるなーとみていたけど、更新を再開してたー! 楽しみに待ってます。 [一言] 雪香が乗り移っていた時のユッカの意識はどうなってあのだろう…夢を…
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