真夏 ♡ 光輝く矢
終わった――そんな思いが胸の中を流れていく。
落馬せずに、なんとか態勢は立て直せたが、馬群の最後方まで下がってしまっている。
直線に入っても、前は密集した壁。馬場内側の芝コンディションがいいだけに、馬群が横に大きく広がらない。
この密集の後ろになってしまっては、作戦どおりに馬群を割っていくことは……もう、できない。
ただ、時間が流れていく。レースが流れていく。
力が奪われていくように視線が落ちていく。視界も下へ――落ちかけた視界の片隅に紅白の棒が。
ラチの内側にあるハロン棒。そのてっぺんには丸枠に4という数字。
4……400……400Ⅿ。
ゴールまでの距離。そして、それは2ハロンを意味している。
わたしとユッカが何度も駆け上がった小林の2ハロン坂路。コース調教の後で苦しい中でも、駆け上がった坂路。
わたしたちには、磨いてきたものがあるじゃないか。浦和で放ったあの矢が。
体重を少し右へ。
ユッカがすぐに反応する。
雪香ちゃんだって、あきらめてない。その思いが手綱から伝わってくる。
残り390Ⅿ
馬群の後ろをスライドするように右へと流れていく。弓の弦をゆっくりと引いていく。
380
さらに外側に向けて流れていく。
70
馬群の外へ。
60
大外。まだ、まだよ。
50
弓の弦はまだ引ききってはいない。
40
まだよ。引いた弦と矢をつかむ指のように、手綱を持つ指先にも力が入っている。
30
直線の坂を駆け上がりながら、的となるものが見えてくる。それでも――まだ、まだよ。
20
すっと、手綱を緩める。ユッカが徐々にスピードを加速し始める。
10
逆手に持つ左ステッキを指先でくるりと回し、順手でしっかりと握った。
0
左ステッキをユッカの左肩に。
手前がかわった次の瞬間、矢が解き放たれた。
浦和で感じたのと同じ風が流れていく。
いや、そんなんじゃない。もっと気持ちいい風。
きっと、これがキラボシの血。流星の輝き。
300Ⅿしか使えないが、間違いなく輝いてくれるその脚――キラット
左に見える馬たちが次々と流れ去っていく。そして、見えてきた緑の帽子。
ゴールまで100Ⅿほどだろう。
目標だったあの馬に一気に並びかけた。周りに他馬の姿はない。
このまま抜き去れば。だが……急に動きが。
一瞬の脚――その言葉が頭をよぎる。
だが、調教でしっかりと磨き上げてきた。1ハロン半(300Ⅿ)の輝きを。
あんなにがんばったのに、(脚は)もたないの……だめなの……?
「ねえ、ユッカ!」
言葉ともに、さらに押しだした手綱。
ふと、感じる――何かが違う。
手応えがないわけじゃない。なのに、脚が伸びない。まるで縮こまっているように。
ここって……ルビーが……。
ルービームーンの脚に異変が生じたあの場所。それはゴールまで残り80Ⅿほどの場所だった。
きっと、その場所がユッカの視線の先に映っている。雪香ちゃんの目にも。もしかしたら再びフラッシュバックが……。
わたしはステッキを右へと持ちかえ、振り上げた。
そして、雪香ちゃんの恐怖を断ち切るために、顔の横、目の横へ振り下ろ――ステッキが手からはなれ、飛んでいく。芝へと向かって。
次話で最終話となります。
6月3日の20時過ぎに投稿予定ですので、よろしくお願いします。




