雪香 ☆ 心の震えがとまらない
信ちゃん。私……私どうしたら……。
信ちゃんは唇を噛みしめ、顔をゆがめている。
自分でなんとかしなきゃいけないのはわかってる。わかってるけど、どうしたら……。
動くことができない。私が、私の中のビーちゃんが震えている。
とその時、何かが……。背中……?
真夏が信ちゃんの横に。その姿を目で追っている自分がいる。
私の目の前に立った真夏が私を見つめている。怖いほどの真剣な顔と鋭い視線が真っ直ぐと私に向かってきている。
私の知らない真夏の姿がここにある。
自信がないといつも遠慮がちで、一歩引くようだった真夏。だけど、今は戦いに挑む姿がある。
「雪香ちゃん」
そう言って、腕を私のほうへと真っ直ぐ伸ばした。
その先にあるスッテキ。紫のステッキ。
胸の中がポンッと跳ねる。私なのか、ビーちゃんなのか。
最終追い切りがあった夜、馬舎に来た真夏はリンゴと紫のスッテキを手にしていた。
リンゴを頬張る私の横で、真夏もリンゴをかじりながらステッキを見つめ、「ずっとずっとね、雪香ちゃんと一緒に戦ってきたんだよ」
きつい調教の時も、「がんばれ」の声とともに、目に映るそのステッキを励ましながら振るってくれていた。
私がビーちゃんにしていたのと同じように。
真夏がステッキを大きく振り上げた。
言葉はなくとも、見つめてくる真っ直ぐな視線から声が――大丈夫だよ、雪香!
真夏が空気を切るようにステッキを斜めに振りおろした。私の、そして、ビーちゃんの心に渦巻くものを断ち切るように。
胸の中が震えている。ビーちゃんと私の震え。恐怖なんかじゃない。心が勇み立っている。
真夏となら大丈夫。そうだよね、ビーちゃん。
「行こう!」
真夏から聞こえてきた声に、うなずきで応える。
にこりと微笑む、いつもの真夏の笑顔が迎えてくれる。
信ちゃんからも力強い声も聞こえてくる。「よっしゃ! 行こう」
真夏を背に、私は芝へと脚を踏み出した。




