真夏 ♡ 咲き乱れる桜
ゆっくりと息を吐きだす。
覚悟は決めた。手綱を動かすことなく、その時を待つ。
だが、心が揺れる。
翔くんが、怒鳴り声を上げて、馬群に向かっていっている。ペースを上げた馬たちに外から抜き去られていく。
気持ちが焦る。それでも、わたしは――ユッカを信じる。ユッカのその脚を。
抜き去られる馬を横目に、ユッカを少しずつ外へと導いていく。直線勝負にかけるために。
そして、ここから大外にだして直線へ。いや……。
「なんで……」
思わず声がもれる。
木林さんだけが、流れに乗ることなく、手綱を持ったままだ。併される形になり、外にだせない。
このままでは直線も外から併せられる。向こうも十分に脚は残っているだろうから、ずっと併せられる形になってしまう。その上、寄せてこられたら、追いづらく……。
今、仕掛ければ、直線に出る瞬間に内外の差で突き放せるだろうか。ユッカの脚ならルンバでも付いてこられないかもしれない。
いや、あの前走で見せた瞬発力からすると、横に付けられてしまうだろうか。
真夏! 迷っている暇なんてないわよ。
自分で自分を怒鳴りつけた。
そして、本当に覚悟を決めて手綱を動かした。
その瞬間、横から気配が。
木林さんが手を動かしている。反応したルンバが首ほど前へ。
なんで……。まるで、わたしがここで仕掛けるのがわかっていたかのように……。
このままだと最悪のことになる。少し前に出られた状態で直線にでれば、完全に外から寄せられる。
内側には競り合う馬群がある。せっかく外にだしても、そこに寄せられると満足に追えなくなる。
なんとかしなきゃ――さらに手を動かした。
木林さんも、わたしの動きをまねるように手を動かす。その瞬間、ルンバが半馬身前へ。
お願い! ユッカ、反応して。
必死に手を動かす。だが、ユッカは動いてくれない。
木林さんが、わたしのほうへと視線を投げてきた。その目にはユッカも映っていることだろう。
動く脚がないユッカの姿が。
木林さんは、さらに手綱を動かし始めた。
こんなわたしたちなんか、もう関係ないといった感じで置き去りしていく。
その瞬間だった――ガツンッ!
手綱へと反応が。
「ユッカ……ユッカ!」
ハミをとったユッカが、自ら外へ。まるで、ギャルルンバをやり過ごしてから、外に切り返したかのように。
やっぱりユッカは凄いね。
「ユッカ! 行くよ」
わたしはステッキを握り直した。
浦和の直線は短い。しかも、超スローだったから、前も脚は残っている。
だからこそ、わたしにできるのは前だけを見て、ユッカを信じて追うしかない。
直線に入り、ステッキに反応したユッカの手前がかわった瞬間だった。それは限界まで引かれた矢のように弾けた。
あっという間にルンバに並びかける。
木林さんが、横目でこちらを見ると、右ステッキを左に持ちかえ、外へと馬体を寄せてきた。
だが、並ぶ間もなくかわしていく。
一歩蹴り上げれば、まるで飛ぶように脚が伸びていく。
今はレースで戦いの中にいるのに、心地いい風の中にいる。風は前からなのに、まるで流されているようだ。
気づけば、わたしたちは大歓声の中にいた。そして、いくつもの笑顔が迎えてくれていた。




