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アイドルジョッキー馬になる  作者: ゆらゆらゆらり
58/98

信一 ♠ あとひつなんだ

 ……つまずき。



 なんでそうなったかはわからない。

 やや重なので、砂の上っ面で滑ったのか、首が大きく下がり、前のめりに崩れそうだった。

 まなっちゃんは、ヒメの首に抱き着くような恰好でなんとか落馬をまぬがれていた。


 そこから体勢を立て直したが、加速に手間取っている。

 さらに出遅れた外の馬に前をカットされ、ひるんだのか、首を上げて最後方に。

 そして、そのまま1コーナーから向こう正面へ。



 まなっちゃん。どうするんだ?


 このままじっくり構えて直線にかけるか。だが、ヒメには直線一気ができるような切れる脚はない。


 ならば――それしかないよな。


 まなっちゃんが仕掛け、ヒメが外から上がっていく。ヤマさんが引退レースでやったのと同じ戦法、向こう正面からの一気にまくりだ。


 ぐんぐん加速して内側の馬をかわしていく。

 だが――あの時とは違った。


 あの時のようにスローな流れではなく、レースが流れている。おそらく平均ペースだろう。団子となっている馬群を一気にまくった時と違い、数頭ずつ抜いていく感じだ。

 そして、まくりきれぬまま3コーナーに。しかも、外に張ってくる馬もいる。



 だめだ。張ってくる馬をまくりきらないと、どんどん外に振られるぞ。


 それはまなっちゃんもわかっている。ムチが入り、まくっていく。


 だが、コーナーワークで先頭を行く3頭とは差ができ、内からも馬がすくってくる。


 そのまま直線へ。


 加速がついているヒメは、大井内コースのきついカーブで外へと大きく膨らんだ。

 それでも勢いはある。


 前は2頭が抜け出し、外の1頭の脚色が怪しい。

 3頭との差は4、5馬身。



 追いつけ! 追いついて併せれば、ヒメの粘り強さが生きてくる。


「行け!」


 俺の声とともに、まなっちゃんも激しく手を――いや、脱落してきた馬が外へともたれている。


 まなっちゃんは左手で手綱を引いてさらに外へと導いている。なかなか前と押せずにいる。


 それでも、なんとか外からかわしさり、手綱を振るように動かし、ハミをかけ直そうとしている。



 噛め! しっかり噛め!


 胸の中で叫ぶ。



 ヒメがハミを噛んだのか、まなっちゃんが前へと腕を押し出した。


 残り100(メートル)届くか。



 置き去りにされた2番手の馬をかわし去る。残るは1頭。



 だが、そこまでだった。

 1馬身半差は縮まらぬまま、ゴール板を駆け抜けた。






 検量室前に戻ってきたまなっちゃんは、迎えた先生と俺に、「すいませんでした」と消えり入りそうな声で頭を下げた。


「いやいや、君もヒメちゃんも無事で何よりです」


 先生が優しく声をかけている。


 まなっちゃんが悪いわけじゃない。あれは偶発的な事故のようなものだ。本当なら惨敗していてもおかしくなかったのに、2着になったのはまなっちゃんのおかげだ。


 俺がそう言うと、まなっちゃんは首を小さく横に振った。


 その姿に胸がつまる。だが、俺までもが落ち込んでいるわけにはいかない。まだ、終わっていないのだから。


  自分の気持ちも切り替えるために、言葉に力を込め、


「ヒメには次がある。まなっちゃん。君にもだ」


 落ちていたまなっちゃんの視線が上がった。


「ユッカが君を待ってる。だから、次のレースで勝利をつかみ取ってこい」


 そう言って笑顔を作ってみせた。


 上手く笑えたかはわからない。だけど、まなっちゃんは小さくだがしっかりとうなずいてくれた。



 俺は、検量室へと向かっていく背中を見つめながら胸の中で声を送った――がんばれ。






【大井11レース B2B3混合 1800Ⅿ(外コース)15頭立て 天候:曇り 馬場:やや重】



 まなっちゃんが騎乗する馬は直前オッズが1倍台と圧倒的な1番人気だった。


 それもそのはず、JRAの3勝クラスから移籍してきた馬で、前走はこのクラスで後方から一気に差し切り勝ちをおさめていた。


 小林の馬なので、所属厩舎の先生に直接聞いたのだが、状態も1回使ってさらによくなっているとのことだ。


 まなっちゃんが調教などで手伝うことも多い厩舎なので、あと1勝だということを知っている調教師が、今回わざわざ用意してくれた馬でもある。


 大丈夫。落ち着いて周ってくれば、それで勝てる。




 だが、しかし。


 人知の及ばぬ流れというものがあるとするなら、今日は最悪ということだ。



 まなっちゃんの乗る馬は前走のように中段につけ、絶好の手ごたえで3コーナから4コーナーを周ろうとしていた。


 だが、その時突然、先行馬の中で心房細動を発症した馬が。

 急速にスピードが落ち、後続馬が接触転倒。それを避けようと各馬が外へと大きく広がった。


 まなっちゃんの馬もぶつけられ、弾かれ、されに前で広がる馬たちを避けて外へ。





 前を走っていた4頭だけが、まともにゴールできただけで、他はめちゃくちゃだった。


 スピードを落とした馬たちが、ばらばらとゴール板を駆け抜けた。その中にまなっちゃんの姿もあった。




 これで完全に……終わった。

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