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アイドルジョッキー馬になる  作者: ゆらゆらゆらり
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信一 ♠ あとひつ足りないもの

 ユッカは桜花賞に向けて順調に仕上がってきている。

 1週前追い切りも好調教ができていた。




【1週前追い切り】


 先行するサトミノヒメを追いかける形でコースから坂路へと向かい、併せ馬となった。

 ヒメの馬上はまなっちゃんで目一杯追っている。ユッカのほうはヤマさんで7、8キロは体が重い。いや、もっと重いかもしれない。


 サトミノヒメも今週の出走に向けて、しかっり乗り込まれてきている。まなっちゃんのムチに応え、並ばれてからも抜かせない。


 ヤマさんもムチを抜いて、気合の1発、2発。


 わかってますよ、とばかりにユッカがもう一段ギアを上げて、2馬身突き抜けた。



 戻ってきた時のヤマさんはにこにこ顔。調教で初めてムチを入れたのだが、その反応のよさにご満悦といった感じだ。


 歩いてくるユッカの足元をじっと見ていた先生も、歩様のスムーズさにほっとしている様子だった。


 馬を見る力なんて、まだまだの俺なんかでも、この数か月で本当に馬体がしっかりしたと感じとれる。これだけ強い調教ができることが何よりもの証拠だ。


 本人も絶好調なようで、戻ってきた時の顔は、いい汗をかいたとばかりに、気持ちよさげだった。


「調子はどうだい?」


 見りゃわかるのだが、わざわざ聞いてみると、


『いい感じ!』


 突然()()()()姿に、みんなが驚くほど声が弾んでいる。



 ユッカは何も言うことがないくらい順調なのだが、あとひとつ問題が……。あと、ひとつ足りないものが……。




【サトミノヒメ・レース出走当日】


 俺はヒメを馬運車に乗せ終えると運転手に「ちょっとだけ待ってもらえますか」と声をかけた。


 今日はヒメの出走日で、顔なじみの彼に大井まで一緒に乗せていってもらうことになっている。



 俺は急ぎ足で、馬舎に戻った。顔をのぞかせれば、ユッカの心配顔が見える。


「じゃあ、行ってくるよ」


 俺の声に、うん、とうなずいた彼女は、『勝利を祈ってるから』と言葉を続けた。


 もちろんヒメの勝利だ。それはすなわち、まなっちゃんの勝利でもある。


 あとひとつ――まなっちゃんが桜花賞に騎乗するためには、どうしても必要だ。


 今の勝鞍は30で、このままではS1に乗ることができない。しかも、期限は今日まで。

 明日の出走申し込み期日までに、31の勝ち星がなければ、まなっちゃんでは出走登録できない。



 俺は、大丈夫、その思いをこめて、ユッカにうなずき返し、その場を後にした。







【大井3レース Ⅽ3 1200Ⅿ(外コース)11頭立て 天候:曇り 馬場:やや重】


 まなっちゃんの今日の最初のレース。

 俺はテレビモニターの実況を、声をだすこともなく見つめていた。


 せめて見せ場があれば、少しでも勝つ可能性があれば叫んでいたかもしれない。だが、まなっちゃんが騎乗している6番馬は、中段につけてレースを進めたが、直線に入っても伸びる気配もなくレースを終えていた。


「まあ、しょうがない」


 誰とはなし、そうつぶやく自分がいる。


 今日のまなっちゃんの騎乗予定は3回である。いうなれば、チャンスは3回ということである。いや、あと2回か。


 このレースに関しては10番人気であるし、無理だということは感じていたので、1ミリもショックはない。(キッパリ!)


 次の騎乗となる9レースはヒメである。

 休み明けとはなるが仕上がりは万全だ。


 今までにないくらいハードに攻め(追い切り)たが、脚元がこずむことなく、何より体が硬くなっていない。


 例年だと冬場は体が硬くなり、故障の危険が高まるので使わなかったらしいのだが、今年はそれがない。

 放牧先が例年の北海道ではなく千葉県だったのが、この馬にはよかったのかもしれない。



 そして、天も我々に味方してくれている。最高といえる馬番に入ることができた。


 大外ではないが14頭立て13番ゲート。しかも、大外の馬は毎回出遅れる馬のようで、ヒメののっそりスタートでも被されずにすみそうだ。


 となれば、砂をかぶる心配はなく、外からでも強引にハナ(逃げ)を切っていけば、得意の逃げで一気に押し切れる。


 さらにいうなら、クラスも恵まれている。前走で勝っているにも関わらず、まだ同じクラスで走れる(加算賞金及び馬齢により)。



 それらを改めて思えば、根拠のある自信がわいてくる。





 さあ、ここで決めよう!





【大井9レース Ⅽ1 1600Ⅿ(内コース)11頭立て 天候:曇り 馬場:やや重】



 ゲートに導かれたヒメもまなっちゃんも落ち着いた様子だった。


 最後に大外の馬がおさまり、スタートが切られた。



 ヒメは――相変わらずののっそりスタート。


 その姿が一番手前に見えるということは――やはり、大外の馬は完全に出遅れている。

 これで、外から被されることはない。


 さあ、まなっちゃん、一気に行こう。


 まなっちゃんの手が動き、ヒメが一気に加速し――「あっ!」



 まっ、まっ、マジか。


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