信一 ♠ 重賞制覇から早3週間が経ちました
先生の家の和室には、いくつかの額に入った写真が飾られている。どれもが少し色あせているが、ひとつ真新しく輝いているものがある。
改めて見ると、やっぱ俺って笑顔が下手だな。
カメラマンに、「みなさん、笑ってください」と言われて作った笑顔はどこかぎこちない。
馬上のまなっちゃんも俺と同じだな。
だが、俺たちよりひどい人がいる。
馬主である会社の代表として来ていた反対君こと岡谷さんだ。笑っているというより、ひきつっている感じで、口がゆがむように片側だけ上がっている。
この時でも、まだ緊張してたんだな。
写真撮影の前の表彰式でも、がちがちで台に上がる時にはつまづいていた。そういえば、まなっちゃんも表彰式後のインタビューで緊張してたな。
声も遠慮がちで、「みなさんのおかげです」「ありがとうございます」と何度も頭下げていったけな。
普段はもっと笑顔いっぱいで楽しそうなのに、そんな姿をファンのみなさんに見てもらえなくて、ちょっと残念だった。
もし、ユッカが一緒に台の上に乗ってインタビューを受けられたなら、まなっちゃんの魅力が伝えられたのになんて思ってしまう。
一方、先生は自然な笑顔が輝いている。本当に心底嬉しそうだ。
写真の下に印字された竹川厩舎という文字に、あふれてくる喜びを嚙み締めた。
あとひとつ。そんな思いが沸き上がってくる。なんとしてでもS1・桜花賞(浦和)を先生に。
最大の強敵は、やはりグリーングリンということになるだろう。
姫路でのレース後、古久保先生と少し話す機会があり、桜花賞の話となったのだが、
「グリグリちゃんか。ありゃ強いな。東京2歳優駿も負けたとはいえ、とんでもなかったからな」
そう口にしていた。
当然、警戒する馬として、その後の動向は注視していたようで、そのことについても話してくれた。
それによると、東京2歳優駿後すぐにバラキングステーブルに移ったようだ。そこは大井・藤森厩舎の外厩にもなっているのでそのまま移籍し、南関クラシックへの本格参戦の態勢が整ったということだろう。
あの施設であの厩舎なら休養明けでもしっかり仕上げてくる。桜花賞への直行も問題ないだろう。
「バラステで、さらに鍛えあげられているかもしれないですよね」
俺がそう言うと、古久保先生はうなずいていた。その時の顔はどこか楽しそうでもあった。まさに強い馬と戦えることが嬉しいといった感じだった。
それは自らの管理馬にも自信があるということの裏返しでもある。
姫路のレースではユッカが勝つことができたが、アイウォンチューとの差はわずかに鼻だった。
地元(浦和)ならという思いもあるだろうし、何か策があるのかもしれない。
姫路でも奇策にでていた――空ムチ。
そのことを古久保先生に直接投げかけてみると、とぼけられてしまったが、にやりとしていたので、先生が指示したのは間違いないだろう。
本当に何をしてくるかわからない人だ。しかも、折り合い知らずとも言われたあの馬が、折り合うようになっていた。さすがにリーディングトレーナー、仕上げる能力も高い。
さらに桜花賞はアイウォンチューだけではない。
白鷺の姫杯の翌日に実施された桜花賞トライアル・ユングラフ賞でも、古久保先生はしっかりと出走権利を獲得していた。
あの勝ち馬も……強い。
俺も待ち受けるライバルたちを思い、気合が入ってきた。とその時、
「お疲れ様です」
先生の声が聞こえてくる。ヤマさんにまなっちゃん、みんな和室に集まってくる。
さあ、桜花賞制覇に向けてのトップ会談だ。




