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アイドルジョッキー馬になる  作者: ゆらゆらゆらり
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信一 ♠ 君がいた場所

 馬運車からユッカをおろし、体をほぐすように引き運動をしていると、この地にやってきて本当によかったと感じた。


 ユッカはキョロキョロとしていると思ったら、何やら人の名を呼び、走り出していた。そして、驚きと戸惑い、それとも腰を引いて怖がっているかもしれない人の前で立ち止まり、


『ごうぶさたしてます』


 当然、俺にしか声は聞こえない。


 ユッカは握手やハグの代わりとばかりに鼻を寄せていた。

 馬が突然寄ってきて、驚いていた人も、人懐っこい姿に笑顔で応じるようになっていた。


 園田ではないが、姫路だって同じ兵庫県競馬。ユッカが戦っていた場所である。次々に顔見知りを目にしては近づいていき、声なき挨拶をしていた。


 本当にここに来られてよかった。


 嬉しそうなユッカを見ながら、そんなことを思っていた。


 彼女がひと際は嬉しそうに駆け寄っていたのが、女性厩務員だった。いや、騎手といったほうがいいかもしれない。

 誰よりもお世話になったという上宮愛さんは、4月から騎手として復帰するという。


 そして、もうひとり。ユッカがおじきするように深々と頭を下げていた人がいた。彼女の師匠であるという調教師は、竹川先生にも似た優しそうな先生だった。


 そうそう。比嘉もやって来たっけ。


 相変わらず馴れ馴れしく声をかけてきたが無視しておいた。というのは冗談で軽くあしらいながらも、久々に会ってちょっと喜んでいる自分がいて驚いたし、なんかむかついた。



 まなっちゃんもすぐにやって来てくれた。こちらは手放しで嬉しい。だけど、俺よりそうなるよね。


 ユッカに駆け寄り、「会いたかったよ」と首に抱きついていた。まなっちゃんがユッカに会うのは1か月ぶりくらいだろうか。

 まなっちゃんは今やこちらでも売れっ子騎手。レース日以外も何頭もの調教をしなくてはならず時間もない中、ほんの少しでもと乗馬クラブに会いに来てくれていた。


 まなっちゃんは改めてユッカを眺め見ながら、


「びっくりしました。なんか、ちょっと見ないうちに急におねえさんになった感じですね」


『いやあ、そんなことないわよ』


 ユッカが照れるように答えたが、もちろん、まなっちゃんの声が向かっていたのは俺のほうにだ。


「そうかな?」


 などと返していたが、身近にいた俺でも時々成長していると感じていたのだから、1か月ぶりなら、よりそう感じるのだろう。



 成長は検量の時に改めて感じることになった。


 ユッカの馬体重は+24キロ。396キロになっていた。大幅馬体増だが太いわけではない。休養明けでも軽めとはいえしっかり乗り込んでいる。


 まさに急成長。超がつく遅生まれであるがゆえに、遅れてきた成長期といった感じだ。



 今回もパドックで周りの馬と比べれば小さいのは確かだ。だが、以前と比べればそれほど見劣りしない。それどころか、体重以上に大きく感じるし、堂々と歩く姿は頼もしくもある。


 今日は懐かしい人々に会えたからか、気持ちも乗っている感じだった。俺を引っ張る勢いで周回していた。




 そして、今。


 返し馬を終えて待機場にいたユッカがまなっちゃんとともにゲート裏へと向かってきた。

 俺は手綱をとおし輪乗りを始める。他馬も加わって大きな輪となる。


 興奮ぎみに首を上下させながら歩く馬もいるが、ユッカは落ち着いた中にも闘志を秘めているのが伝わってくる。


 最大のライバルであるアイウォンチューを目でさがすと、輪乗りに加わらずに、ぽつんと立ち止まっている。

 遠くを見るように内馬場のほうに顔を向け、リラックスしている感じだ。


 馬上いる村下騎手は余裕さえ感じるほど、どっしり構えている。彼は兵庫県競馬のリーディングジョッキーである。年明けからの姫路開催でもリーディングを独走している。

 そんな彼を乗せてきたということは、まさに勝負乗せ。古久保先生は本気で勝ちにきている。


 

 他の馬にも目を走らせる。


 名古屋と高知、金沢からも1頭ずつ遠征してきているが、それより地元馬たちだろう。

 その中でもあの馬か。


 3歳牝馬ながら500キロを超える大型馬。5戦5勝の地元期待馬・コウキナルドリーム。

 馬上には本人曰く、数年後には兵庫はおろか全国リーディングになるという比嘉開人。

 そんなことはあいつの戯言だが、勝ち星は大きく水をあけられてるとはいえ、兵庫で2位につけているのは確かだ。

 南関でも実証されたように腕もある。


 うちの鞍上だって負けてはいない。


 ちらりと振りかえり見れば、まなっちゃんは落ち着ている。


 俺があれこれアドバイスする必要などない。ユッカとまなっちゃん、2人のほうがここのことはよくわかっている。



 スタート台が上がっていき、旗が振られる。



 俺は引綱を引き、ユッカとまなっちゃんとともに3番ゲートに入っていく。


 そして、係員の声を耳にし、俺だけゲートをくぐるようにして前から出ていく。


 頼むぞ。ユッカ、まなっちゃん。


 声などいらない。小さくうなずいてみせると、ユッカもまなっちゃんも引き締まった顔でうなずき返してくれた。


 俺ら厩務員は左右に散り、ゲート後ろや内ラチの中へと退避する。そして、最後に大外の馬がゲートに入り、厩務員が退避すると発走準備の完了となる。




 ゲートが音を立て、各馬が一斉に飛び出す。


 いや、一瞬で一頭だけ飛びでている。

 内ラチの中に退避した俺の目の前を駆け抜けていく白い帽子。


 恐ろしい暴走劇場の幕が上がった。




 ここにいる俺には聞くことはできないが、アナウンサーはこう実況していた。


『好スタートを切ったアイウォンチュー。やはり早い。さらに村下が大きく振りかぶりムチを放っていく。みるみる差が開いていきます』


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