◆ 折り合い知らずのアイウォンチュー(浦和競馬所属)
【全日本2歳優駿JpnI 川崎競馬場1600m 天候:曇り 馬場:重】
『さあ、最後に注目のハシャが大外枠に導かれていきます』
ハシャはここまで3戦無敗のJRA所属の馬である。どれも楽勝で、前走の兵庫ジュニアグランプリJpnIIでは今回も同じレースに出走する2着馬を、鞍上の武田が手綱を持ったままでも8馬身ちぎっていた。3着馬はさらに2着馬から10馬身もはなれていた。
『スタートが切られました。出遅れもなく各馬綺麗なスタートです。ですが、やはり早い。佐山は手綱を持ったままですが紅一点、アイウォンチューが先頭に立っていく』
前走、逃げて惨敗している馬だからか、誰も追いかけてはいかない。というより、追いかけられるペースではない。JRAの馬とて、このペースについていけば、自分の馬も共倒れになってしまう。
すでに10馬身ほどの差ができただろうか。2番手には前走でJRAの1勝クラスの特別戦を逃げ切った馬がつけている。
おそらく騎手たちは実質この馬が逃げているといった感じで受け止めているのだろう。
『馬群は縦長。ハイペースのまま3コーナーへ向かっていきます』
ここで馬群が縮まっていく。2番手の馬を逃がすと怖いことはわかっているので、後続の騎手たちが早めにつぶしにかかっている。
地方競馬の代表である南関東の重賞ホースたちも必死に追いかけていく。
『4コーナー手前で早くもハシャが先頭に踊りでていく』
鞍上の武田は左右へと視線を走らせている。それだけ手ごたえに余裕があるということだ。
アナウンサーでさえも、前にもう一頭いることを忘れている。いや、忘れているわけではない。内ラチ沿いを走る姿は目に入っている。
だが、彼の心のどこかにどうせ止まるだろう。そんな思いがあった。なにせこれはJpnI。今までのレースとは相手が違いすぎる。
いつものように直線でばててずるずる後退。そう思うのは当然のことだ。
しかし――何か違う。
アイウォンチューの鞍上・佐山の鞭が、いつもと違って激しく飛んでいる。
アイウォンチューに鞭が入るのは珍しい。
まさに折り合い知らずなので、突然脚(勢い)がなくなる。そうなれば鞭を入れようがなにしようがどうにもならない。
一度、騎手が折り合いをつけようと手綱を引いて抑えようとしたことがあった。だが、口を割って首を振り、結局は騎手と喧嘩しただけで力を出せずに惨敗していた。
それからはとにかく気分良く。たとえ、ハイラップの暴走であろうと。
脚があれば圧勝。なければ惨敗。それがアイウォンチューである。
しかし今、鞭が飛び、それに応える姿がある。
アナウンサーの声が弾ける。
『いや、まだ粘っています。アイウォンチュー。今日の彼女はひと味違います』
直線に入ってハシャが馬群を突き放してきたが、アイウォンチューとはまだ6、7馬身差ある。
佐山の手が激しく動いている。大金星へ向けて渾身の鞭も飛ぶ。
後ろからの差し馬を警戒するように、馬場の真ん中にハシャを導いていた鞍上の武田。内ラチ沿いの姿に気付いたのか、慌てて手を動かし鞭を飛ばした。
『内外はなれたところから一気にハシャが飛んできた。並ぶ間もなくかわしていく!』
武田は慌ててなどいなかった。見せ鞭から一発左腰へと鞭が飛んだだけで反応し、突き抜けていた。
最後は流すようにゴールを走り抜けていた。
デビュー以来、初めての鞭に対し、一瞬見せた本気の走りはまさに別次元だった。
アイウォンチューはかわされながらも今までになかった粘りで、ゴール際で後方から直線だけで飛んできたビューンフライにも半馬身負けてしまったが、3着という好成績だった。




