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アイドルジョッキー馬になる  作者: ゆらゆらゆらり
33/98

信一 ♠ 金髪チャラ男

「大丈夫か? 包まれちまうぞ」


 タブレットの画面を見ながら、そんな声がもれる。

 レースも終盤。最終コーナーを迎えようとしている。ペースが早かったからか逃げ馬が直線を待たずして、手ごたえが怪しい。


 後続が押し寄せる中、まなっちゃんの赤い帽子は馬群のまっただ中にある。


 彼女は小林所属の他厩舎の馬で浦和競馬場に遠征している。馬舎にいる俺はそれをネット中継で見ながら応援していた。


『大丈夫。手ごたえはあるから。後は真夏がどうさばくかよ』

「ユッカなら、どうする?」


 ユッカは、俺が掲げるように持つタブレットを見つめ、


『馬群が固まって、逃げ、先行馬の脚色もよくない。本来なら追い上げてきた馬たちと一緒に外から行きたいけど、外にだせそうにもないわね。真夏の馬の実力じゃ外を行かせてからさらに外をまくれるほどの力はないし』


 確かにオッズの上では10頭立ての6番人気でもある。大外を周るコースロスがあっても、差し切れるとはとても思えない。


「万事休すか」


 思わず、そんな言葉が口をつく。


『どうせ人気もないんだから一か八か、私なら先行馬の中で唯一まだ脚がある――』


 ユッカはつぶやくように言った次の瞬間、彼女は声を張り上げっていた。『そこよ。真夏!』


 その声を耳に、画面に映る赤い帽子を目で追っていた。

 外の3番手につけていた緑の帽子6番馬が後続馬のまくりに合わせて内の2頭(逃げ、先行)を飲み込んでいた。


 まなっちゃんはその真後ろ。


 6番馬が直線への入り口で、まくられないように外に張っていく。下がっていく2頭との間にスペースが。


 ユッカの声に導かれるように、まなっちゃんがそのスペースに飛び込んでいく。


「行け!」


 俺の声に、ユッカの『行け!』も重なる。


 まなっちゃんが6番馬の内から抜け出している。先頭に立っている。

 ハイペースで先行した6番馬は下がっていくが、外に振られた差し馬たちが巻き返すように追い上げてくる。


「行け! 行け!」


 画面へと俺らの声が飛び、まなっちゃんの鞭も飛んでいる。


 残り100m。外の3頭が馬体を並べて競るように伸びてきている。まなっちゃんの馬だってしっかりと脚が伸び、まだ1馬身ほどの差がある。


「粘れ!」


 残り10m。まだ首差ある。



 そして、ゴールの瞬間。


「うわあー!」


 その声とともに力が抜けていた。

 もうひと伸びが足りなかった。


『あぁ、上手く乗ったのに悔しいね』

「ほんと、あと一歩。鼻の長さが倍くらいあれば」


 画面にはゴールの瞬間がスローで映っている。

 鼻、鼻、首差の4着といったところだ。


「人気以上だし、見せ場たっぷりでナイス騎乗だよ」


 俺の声に、ユッカは、『そうだね』とうなずいている。


「あぁ、でも、やっぱ悔しい!」


 そう声を上げたとき、ふと気付いた。馬舎の出入り口に見える人影に。



 小柄なこの男は20代前半くらいだろうか。いや、派手な金髪だから若く見えるが、俺より少し下の24、5といったところかもしれない。

 珍しいものでも見るような目でこっちを見ている。

 タブレットを見ながら、大声を上げていたのをずっと見られていたのかもしれない。


「(こんに)ちゎーす」


 軽い感じで声をかけてきた男が小さく頭を下げた。俺も頭を下げ返す。といっても、条件反射であって見覚えのない顔だ。


『あっ!』


 横から声が聞こえ、「えっ?」と言いつつ、さらに小声で、「知っている人?」


『うん。チャーリーさん』

「チャーリー?」


「おっ。なんや、俺の呼び名って、こっちにまで浸透してるんかい。こりゃ、もはや俺も全国区やな」


 いつのまにか馬舎の中に入りこんできている。なんか図々しいが、誰なんだこいつは。


「あのう。失礼ですが、どちら様ですか」

「あれ? 知らへんの。チャーリーとかいうから、知ってるもんやと思ったさかいな。まあ、ええわ。園田のリーディングジョッキーの比嘉と申します」


 騎手? 金髪で耳にはピアスまでしているこいつが?


『ちょっと。リーディングじゃないでしょ。3位でしょ。でも、2位だった私がいないから今は2位? まさか、私が知らない間に村下さんまで抜いたっていうの?』


 そうか。園田ということはユッカが知っていて当然か。村下さんなら、園田競馬に詳しくない俺でも知っている。去年、南関東競馬のトップ木林さんと勝ち星で全国リーディングを争っていた人だ。


 皮肉交じりで言ったユッカの声を受け、俺も皮肉をこめて、


「へえ、あの村下さんを抜いてリーディングなんですか」

「いや。ちょっと、言葉が足りへんかったな。次期や。来年か再来年にはちゅうことやな」


 そう言って、にこりと笑った姿がどこか愛らしい。


『相変わらず調子いいんだから』


 聞えたきたユッカの声も、あきれたような口調だが、どこか楽し気だ。


 比嘉という彼は、なんだか俺の背後を覗くように見ている。


 ちなみに、ここには俺とユッカしかいない。

 サトミノヒメは先週のユッカと同じ日のレースの後、脚に熱をもち、2、3日様子を見たが、あまりよくならないので、悲しく寂しくもあるが乗馬クラブへとだされていた。


 といっても、引退したわけじゃない。貫太郎さんに紹介されたそこは、同じ千葉県内にあり、元騎手だった人が運営していて趣味兼上級者のための周回コースまである。

 そして、何より九十九里浜に隣接しているので、海水で冷却しながら砂浜でトレーニングできるという利点がある。


 科学的根拠があるかどうかはわからないが塩水が脚によさそうだ。まあ、少なくとも海辺を走るのは精神的に大いに効果がありそうだ。

 普通の放牧よりは費用がかかるが、ヒメの連続勝利もあって、あの何でも反対する反対君も渋々ながら承諾してくれていた。



 ということで、奥にはサトミノヒメも誰もいないのだが。


「あれ? かわい子ちゃんがいるって聞いて。挨拶に来たんやけど」

「かわい子ちゃん?」

「せや。中向真夏ちゃんや」


 まなっちゃんなら、今まさに浦和競馬場で騎乗中だ。そのことを伝えると、


「なんや。せやったんかい。なら、また出直して来ますわ」


 そう言うと、こっちの返事など聞くことなく。さっさと出て行ってしまった。


「何なんだ。あいつは」

『なんか、ほんとすいません。でも、園田はみんないい人ばかりですし、あの人がちょっと変わっているだけなんで』


 ユッカは、彼が去ったほうを見つめながら、『それに根はいい人なんですよ』と言葉をつけ加えていた。




 後で、すぐにわかったことだが、この比嘉開人という園田競馬所属の騎手は短期移籍という形で、今年いっぱい南関東競馬(大井を含む4場)で騎乗するとのことだった。

 そして、彼の所属先が小林のトップトレーナーであり、大井を含めてもベスト3に入る名門・田森厩舎だという。


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