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アイドルジョッキー馬になる  作者: ゆらゆらゆらり
32/98

雪香 ☆ なんでも

 泥と化した砂が飛んできて苦しい。本当なら、前の馬の直後から少しずらして走りたい。だが、その場を走り続けた。

 1コーナーでも外を意識しつつ、少し仕掛けていけば馬場が重い内を避けて、外に行けたが動かなかった。


 決めたから。全てを真夏に任せると。()()()()()()()は手綱に感じるものだけに従うと。



 こっち(向こう正面)は重馬場というより不良馬場に近い。たっぷり水を含んだ泥が顔や体に飛んでくる。


 とその時、何かが変わった気がした。何かは分からない。でも、背から伝わってくる何かが。




【3コーナー】


 どうする? 真夏。


 手綱からハミへと真夏が左に行こうとしているのが伝わってくる。


 外に行こうというのね。


 でも、前方は60歳を過ぎても衰え知らずの巻場さん。あそこにスペースはできない。その隣の馬も手ごたえがありそうだし、コーナーもきっと両馬で絞めて走ってくる。


 その外に?


 でも、真横には木林さん。1番人気の私を外になんて行かせてくれないわ。以前の真夏なら何もできないまま、下がってしまっていたが……。


 まさか、そっちへ――真夏の重心が移ったのが伝わってくる。左から右へと。


 内側は水捌けが悪いのか、ぬかるんでいて走りづらい。だとしても、私は導かれるままに内ラチへと寄っていった。




 道が……道が開いていく。


 騎手たちも内が悪いことは分かっている。確かに、スタートからの直線、そして、さっきまでの向こう正面と、内はかなり走りづらかった。となれば当然、騎手たちの意識も外にいっているということだろう、となれば内が開くのは当然だが。


 うん? 思っていたのとは違う?


 3、4コーナーは内であっても水が浮くほどではない。


 真夏……もしかしたら、ヒメの(今日の)レースの時にこのことを……。


 なんだか嬉しい。レースになると冷静でいられなくなり周りも見えないと言っていた真夏が……。

 ちゃんと見えてるじゃん。ちゃんと判断できてるじゃん。


 力が湧いてくる。脚だって。




【最後の直線】


 内からするすると上がっていき、直線への出口では3番手まで押し上げていた。


 ここからどうするかだ。前にいる2頭が内を開けて直線に入っていく。

 内は開いているから、このまま突き進むことはできる。だが、直線は明らかに内側が重い。


 内を走ってもなんとか持ちこたえられるだろうか。思いもよらぬ差し脚切れる馬がいたら、外を使って差し切られかねない。


 と突然、空気を切るような音が。同時にガツンとくるものも。


 真夏が私の肩の辺りでステッキを振ったのだ。つまりは、行こうという合図。手綱もさっきまでと違いぐいぐいと激しくなっている。

 そして、導かれたのは4コーナーからそのまま内側へ。


 内に行くと決めたなら、重かろうがなんだろうが全力で応える。

 ギアを上げるように、首を伸ばし、脚を伸ばす。


 あっという間に逃げ馬と番手の馬をかわし去る。


 後は見えない馬との闘いだ。外から何が飛んでくるかは分からない。私は前だけを見て突き進んでいくしかない。






 内ラチにある残り1ハロン(200Ⅿ)のハロン棒が見えたところで、ふと気付いた。ハロン棒が離れている。

 つまり、内ラチを走っていない。


 馬場の真ん中?


 そうか。無我夢中で走っていたから気付かなかったが、前の2頭をかわした後、真夏が重心と手綱で少しずつ馬場が軽い外へと出してくれていたのか。


 凄いよ。真夏!


 と思ったその時、左後方から気配が。差し馬たちが襲い掛かってきたのね。


 脚は――まだまだ残っている。先生たちがじっくり仕上げてくれたおかげだ。


 真夏から叱咤激励のステッキが飛んできた。


 わかってますよ。がちりとハミを噛み直した。

 さらに前脚をかき込み、後ろ脚を蹴り上げた。





 そして、真夏からの叱咤激励と歓声が聞こえる中、ゴールを駆け抜けていた。


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