真夏 ♡ なんで
なんで?
そんな思いで手綱を動かす。それでもユッカは反応してくれない。このままでは包まれてしまう。
今日の馬場(重馬場)だと包まれれば泥をかぶることになる。まだ、3戦目のユッカだと戦意を喪失してしまう恐れがある。
だからこそ、先生たちとも逃げの作戦でいこうと決めていた。それに今日の大井はラチ沿いは重い(走りにくい)ので、ラチ沿いは避けて逃げるはずだったのに。
どうしよう? どうしよう?
気が焦ってくる。手綱と一緒に持っていたステッキを持ち直して、しっかりと握った。
ユッカには調教も含めてステッキを入れたことはない。
お願い、反応して――雪ちゃんから受け継いだステッキを振るった。だが、ギアは上がらない。
外から馬が前へと切り込んできた。さらに、その前にも。
なんとか外にださなきゃ。
泥をかぶらない外に出したいのだが、横には馬がいる。
手綱を抑えて下げてから外に出そうか。それとも、強引にでも押して前に行ってスペースを見出すか。
決断もできず何もできないまま1コーナーへ。前も横も後ろも馬に囲まれた最悪の位置で。
【向こう正面】
どこかで外に出さなきゃ。
だけど、馬に囲まれ内に押し込められている。1番人気で当然マークされているし、出させてなんてくれない。
ユッカのデビュー戦の時が脳裏をよぎる。
本当にわたしって……。
下手すぎて自分でも嫌になる。あの時も今も迷ってばかりで。
少し勝てるようになっても何も変わっていない。デビュー戦はユッカに勝たせてもらい、後は逃げ切りばかり。斤量が恵まれているから(4キロ減)、逃げ馬に乗せてもらえて勝てていただけ。
現に他の戦法では負けてばかりだ。
やっぱり、わたしなんて……。
と、その時、顔へと泥が飛んできて弾けた。ゴーグルにも飛んできた泥で視界が曇っている。
ふと、胸の中を流れていく声――「ユッカが勝てたのは君のおかげでもあるんだよ」
いつものように最終追い切りの後、3者会談をしている時だった。最近、少し勝てるようになり、先生がほめてくれていた。
わたしは、「4キロ減で逃げられた時だけですから」と言葉をもらしていた。
まさに、そのとおりで下手なまま。
その時、茶化すようなこと言って、わたしを持ち上げていた大前(信一)さんが、突然真剣な眼差しで、「そんなことない。ユッカが勝てたのは君のおかげでもあるんだよ」
わたしだったからこそ、勝てたんだとも言ってくれた。
小さな衝撃とともに、目の前が真っ暗になった。
再び飛んできた泥が弾け、視界がほとんどなくなっている。
弾けたのは泥だけじゃない。わたしの中でも何かが弾けていた。
泥のついたゴーグルを首まで下げた。重ねて装着していたゴーグルはわたしの心と同じ。
開けた視界で、真っ直ぐと前を見つめた。
ユッカは顔にはメンコだけで何かを装着しているわけじゃない。わたしのせいで、顔だって目だって泥が飛んできて苦しいだろう。
ユッカごめんね。下手すぎる相棒で。
しっかり周りへと視線を送った。3コーナーでどこかにスペースができるはず――もう、迷わない。




