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アイドルジョッキー馬になる  作者: ゆらゆらゆらり
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信一 ♠ 祝勝会のその後に

【レース翌日】


「行け!」


 馬上じゃなくて、四つん這いで歩く俺の背から、かわいい声が聞こえてくる。


「ちかちゃん。そろそろ休憩しようか」

「ああ、ダメだよ。おうまさんがしゃべっちゃ」


 いや、しゃべれるお馬さんもいるんだよ。って、ヒメの祝勝会&ヤマさんお疲れさんの会の時と、まったく同じじゃないか。

 場所も先生の家の和室だし。


 先生はいつものように、にこやかな顔で俺たちが遊んでいるの見ている。

 さらに、あの日と同じことが、


「ああ、腰痛てえ。死にそうだ」


 ヤマさんが座敷椅子に座り、そんなことを言いながらビールをあおっている。


 悲しいかな、竹川厩舎は人手不足なもんで、昨日はヒメの世話のために先生が留守番をしてくれていた。

 ヤマさんが仕事終わり(リハビリもかねて観光牧場で研修中)に手伝いに来てくれたらしい。ちかちゃんと奈津さんも一緒で、ネット中継を見ながらパブリックビューイングといった感じで、4人で大いに盛り上がったらしい。


 なんだか嬉しい。3人が来てくれたおかげで、現地でなくても先生が喜んでくれて本当に嬉しい。


 俺がユッカとともに馬運車で戻ると、みんなが笑顔で出迎えてくれた。そして、馬運車から降りてきたユッカが先生に顔を寄せると、優しく鼻づらをなでていた。その温かで優しい微笑みが目に焼き付いている。



 昨日は中継時もその後も我慢して一滴も飲まなかったというヤマさんが、今日はハイピッチでビールをあおっている。

 今日も研修帰りらしく、来週から本格的に指導員として働くらしい。こんなふうに飲めるのも今日が最後だと言っているが、どうだか?



「はーい。チーズケーキ切ってきましたよ」


 今日の料理も奈津さんが作ってくれている。助手はまなっちゃん。後片付けは俺にまかせてくださいといった感じだ。

 手作りケーキも、もはや定番?


 主役であるユッカがここで一緒に食べられたなら……ふと、そんなことを思った。


「うわあ、ケーキ!」


 ちかちゃんが飛び降りるようにして駆けだしていく。

 やっぱり、俺なんかよりケーキですよね。思いは俺も同じ。


 ちかちゃんと競うように、ケーキにかぶりついた。





【その日の夜のこと】


「後は俺が片付けとくから」


 一緒に食器を洗ってくれていたまなっちゃんに、そう声をかけた。


「じゃあ、お願いします」


 小さく頭を下げて、自室へと戻っていく。

 先生は自室で、もう眠っていることだろう。普段はアルコールを口にしない先生だが、ヒメの時と同様、祝勝会である今日はビールをコップ1、2杯程度口にしていた。


 一方、ヤマさんはガンガン飲んですっかり眠ってしまい、車に乗せるのにひと苦労だった。同じように遊び疲れて眠ってしまったちかちゃんなら軽いし、ほんとかわいいからいいけど、ヤマさんは……騎手やめて太ったんじゃない?

 やっぱり自宅までついていったほうがよかったかな? 奈津さんだけじゃ、車から降ろすの大変だよな……。


 そんなことを思いながら、食器を棚へと片していった。





 片付けも終わり、俺の足は馬舎へと向かっている。手にはニンジンとリンゴが入ったコンビニ袋がある。

 ニンジンは反対君が、箱で持ってきたものだ。ユッカへのご褒美らしい。社長の代理といって顔だけだして帰ってしまったのだが、箱を抱えて自慢げに、


「私が自ら考えて、厳選して購入してきましたからね」


 胸張って言われると、ユッカはニンジンが苦手だとは、さすがに……言えないよね。馬=ニンジンで、選んできてくれたんですもんね。

 でも、大丈夫ですよ、反対君。

 ヒメはニンジン好きですから。


 ユッカにはこっちだな。昨日、酔い止めジュースにリンゴが入っていると言ったら、大喜びしていた。そんなに好きならと、今日スーパーに行って買い込んできていた。これからは毎晩デザートに持っていくと言ったら、歯をむきだしにして喜んでいた。


 ちょっと遅くなっちまったけど、まだ起きてるよな。うん? 電気がついてる?


 普段の馬舎は夜になれば真っ暗で、ヒメの眠りを邪魔しないように、夜に行くことはあまりない。


 馬舎に近づき、そっと覗き込むと、ユッカの前に立つまなっちゃんの姿があった。


 無言のまま2人が見つめ合っている。まるで、心で会話しているように。

 その2人の姿を残したい、そんな気持ちになり、ポケットになるスマホに手を伸ばそうとして、コンビニ袋が、ガサリと音を立てた。


 同時に2人の顔が向いた。


「どうも」、なんてまぬけことを言っている俺がいた。



 




 ユッカはむしゃむしゃと、いい顔でリンゴをほおばっている。ヒメがぼりぼりと夢中でニンジンをほばっている。

 そんな姿を楽し気に眺めていたまなっちゃんが、ぼそりと言葉をもらした。


「明日、雪ちゃんに会ってきます」


 いや、目の前に、そう言いかけて慌てて言葉を飲み込んだ。


 話を聞けば、ユッカの実家である病院に行ってくるというのだ。どうやら、ユッカは転院して、今は開業医である父親のところにいるようだ。


「あの落馬事故の後、すぐに病院に行ったんです。でも、面会謝絶で……。その後、雪ちゃんの妹の小春ちゃんから転院したというのを聞いていたのに、どうしても会いに行けなくて……」


 そう言って下を向いて黙り込んでしまったまなっちゃんを、ユッカが優し気な眼差しで見つめている。


「雪ちゃんに会っても、何も言ってあげられない。競馬から逃げ出したわたしなんかじゃ……がんばれって言ってあげられない。笑顔で応援してあげられない。情けない顔しか見せられない……」


 ユッカが小さく首を横に振っている。『そんなことない』とつぶやくような声が聞こえてくる。


 顔を上げたまなっちゃんが、ユッカの首を撫で、


「でも、ユッカのおかげでここ(競馬場)に戻ってこられたから。ユッカとがんばっていけば、なんだか雪ちゃんに思いが届くじゃないかって、そんな気がして」


 そう言って口を結んだまなっちゃんの目には力がこもっている。


「きっと、そうだよ。まなっちゃんとユッカが、がんばれば、田所雪香は戻ってくるよ。目を覚ますよ」


 自分でもそんな気がしてくる。

 俺の言葉に、まなっちゃんが力強くうなずいている。






 こうして、まなっちゃんがユッカの実家である栃木に行くことになったのだが、俺は慌てて訂正しなければならないことがあった。

 実家に行かれると、いろいろ都合が悪くなることがある。


「実は幼馴染じゃなくて、えーっと、なんというか、メル友? ほら、彼女が所属していた園田に親友の厩務員がいて、よく向こうにも行ってて。それで知り合いになって、お兄さん的存在っていうのかな。相談なんかもされて」


 まなっちゃん、ちょっと戸惑いの表情になっちゃってる?

 嘘に嘘が重なるのはけっこう辛い。でも、真実もある。


「もちろん、まなっちゃんのことを心配してたは確かだし、ユッカが雪香ちゃんにとって思入れのあるというのもね」


 ユッカが何度もうなずいてくれている。

 その姿に、まなっちゃんはにっこりし、「なんだか、そうだと言っているみたいね」


 そうなんだよ、と言ってあげあたい。




 そして、まなっちゃんは翌日、ユッカの実家である栃木県那須町へと向かっていった。


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