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アイドルジョッキー馬になる  作者: ゆらゆらゆらり
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雪香 ☆ デビューの頃のこと

 上宮愛さん。彼女は私が憧れつづけている女性だ。

 彼女が所属していたのが園田競馬だったから、私は地方競馬の騎手を目指し、迷うことなく所属先は園田と決めていた。



 私が愛さんを知ったのは、まだ小学6年の時だった。テレビのドキュメンタリー番組で彼女の騎手としての歩みや最後となったレースが紹介されていた。


 引退レースで、馬群を割って直線で突き抜ける姿に私の目はくぎ付けになっていた。


 彼女は声援と拍手が鳴り響くスタンド前に戻ってくると、観客と向き合うように馬を止め、馬上で帽子ヘルメットを取って深々と頭を下げていた。

 頭を上げたそこには満面の笑みが広がり、馬も誇らしげに客席を見つめていた。


 その姿が私の胸に焼き付いていた。


 そして、愛さんは引退とともに結婚し、その後、1児の母親になっていた。




 そんな彼女が騎手に復帰するという話を聞いたのは、教養センターの卒業間際のことだった。まさか、一緒にレースができるなんて思ってもみなかったから、震えるほど嬉しかった。



 最初に愛さんと会うことができたのは、新入りの挨拶で厩舎を回っている時だった。彼女は馬舎の掃除をしていた。

 今は厩務員として働き、乗馬からやり直しているという。なんといってもダイエットが大変なのよ、と笑っていた。初心からやり直すことを本当に楽しんでいる様子だった。


 

 私のような新人騎手は、追い切りなどに騎乗することで競馬場に慣れていくので、所属の厩舎だけでなく、他厩舎の馬にも積極的に跨り、レースで乗せてもらえるようにアピールしていく。


 そんな馬の中に、愛さんが担当している馬もいた。連勝中で彼女が期待している馬でもあった。


 その馬で勝ちたい。そんな思いが膨らんでいた。その時の私は、デビューから10戦、2着は4回あったが、勝つことはできていなかった。園田所属となったもうひとりの男性騎手は、すでに2勝上げているというのに。

 

 そして、迎えたレース。


 好スタートからインの3番手。いい位置だ。


 ペースが遅く、3、4コーナー馬群が固まったまま。


 手ごたえは抜群だが周りが馬の壁で行き場がない。だが、4コーナー出口で逃げ馬が少し膨らみ、ラチ沿いがあいた。2番手馬との間にも隙間が。


 内か両馬の間か。


 その一瞬の判断の遅れで、内を狙ったが逃げ馬とラチに挟まれかけて立ちあがるように手綱を引いてしまった。その後、体勢を立て直して、追い上げたが4着までだった。

 

 前の馬の動きをしっかりと見定めて、動いていれば間違いなく突き抜けていた。そうでなくても、ひるむことなく手綱を引いたりしなければ、内からでも突き抜けていたかもしれない。



 完全な騎乗ミス。私は調教師や関係者に頭を下げた。もちろん、愛さんにも。


 翌日、馬舎に顔出すと彼女の姿があった。

 改めて謝ると、彼女は、「これも経験。次がんばるしかないよね」


 ほほ笑みながら、そう言ってくれた。でも、その後聞こえてきた声が胸に突き刺さった。


 愛さんは馬の首をなでながら、「次があるとは限らない。特に女性騎手はね」


 乗り替わり。あのドキュメンタリー番組の中で、愛さんが何度も乗り替わりで辛い思いをしてきたと言っていた。

 下手だから仕方ない、と言っていたが、顔には悔しさのようなものが浮かんでいた。



 私のほうへと顔を向けた愛さんが、「ねえ、男女で成績に差がでるのって、なんでだと思う?」


 私が、「腕力の差ですかね」と答えると、


「それもあるけど、それよりここだよね」


 彼女は、ぽんぽんと拳で自分の胸を叩いた。


「闘争本能っていうのかな。レースなんて闘いだから、時には相手を倒すくらいの気持ちがないとね。馬群に突っ込む度胸とか、馬群をこじ開ける強引さとか。遠慮や気後れなんかしてられない瞬間が絶対にあるの」


 まるで自分に言い聞かせるように、真剣な顔で力を込めていた。


「雪香ちゃん。女は度胸よ」


 その言葉を胸に刻むように、しかっりとうなずいた。


 愛さんはにっこり笑うと、ちょっと声を潜めるように、「でも、ルールを破ったら騎乗停止になっちゃうから気をつけないとね」



 それから自分の中で何かが変わった。


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