信一 ♠ 不安なことがいっぱいです
【9月×日 新馬戦・スタート直前】
大型ビジョンに時より映る姿は問題なさそうだ。気持ちも乗っている感じで輪乗りをしている。
奈津さん、ばっちりでしたよ。
胸の中で、インターネット中継を見ているであろう、ヤマさんの奥さんに言葉を送った。
昨日の夕方、ちかちゃんと奈津さんがユッカの応援に厩舎を訪れてくれていた。そこで素晴らしき情報が。
なんと奈津さんも小さい頃は車に弱かったらしいのだが、特製ジュースで酔わずにすんだというではないか。
これは聞き捨てならない。薬でなければ、ドーピングを恐れることもない。
となれば、先生の中古車にちかちゃんと奈津さんを乗せて、速攻でスーパーに。
はいはい、ちかちゃん。そのお菓子ね。後で買ってあげるからね。でも、その前にこっちね。
リンゴ、ミント、しょうが……こんな感じでバタバタと。
ほんと、その特製ジュースが効果てきめん。それで車酔いの心配はなくなったのだが、まだまだ、心配はつきない。
ヒメのように枠番は気にしなくていいので、14頭立ての2番ゲートというのは問題ない。むしろ、能試で見せたロケットスタートなら、内目の枠から、ドンッとスタートきって、ビューッと前に行けそうだ。
そうなれば、まなっちゃんの4キロ減量がいきてくる。
(※ 本文最後にて解説)
問題なのはその後だ。ユッカの力はどれほどのものなのか。
実際のところ本気で走ったところを見たことがない。
追い切りにしても、能試から中2週と間隔が短いので軽く流す程度しかしていない。そこにはもうひとつの問題があった。
涼しい北海道から暑さが残るこっちに来てから食欲が落ちてしまっているのだ。ここで強い追切りをすれば、体重減の恐れがでてくる。
現に軽めだったのに、能試前の検量時より4キロ減って、352キロになってしまっていた。
500キロ以上あるような大型馬なら4キロなんてなんてことないが、ユッカの場合はただでさえ小さいので、少しでも馬体を増やしたかった。
追い切りも馬なり、能試も馬なり、本当の実力はどれほどのものなのだろう。
いろいろな不安が頭をよぎる。
まともなトレーニングをしてきていないし、血統も……。
筋肉の張りなど見た目はいいのだが……パドック番長じゃなきゃいいが。
そう、馬によってはレースではからっきしダメなのに、パドックでは抜群によく見えるパドック番長や、調教だけは抜群の動きをする調教番長、良血だけどという血統番長などが存在している。
俺も馬券を買っていた頃は、この番長たちに何度も騙されたもんだ。
ユッカは……きっと大丈夫。そう信じたい。
さらに心配事といえば、まなっちゃんだ。
大型ビジョンに輪乗りの光景が映る前は、オッズが表示されていた。オッズとは馬券を買った人たちの事前評価でもある。
ユッカの単勝は30倍前後で、おそらく8、9番人気。
能試は同日に3組あった中で、ユッカの走破時計は3番目だった。もちろん、各馬目一杯走ったわけではないが、レース経験のない中では、馬券検討の目安になるものだ。
つまり、馬も、厩舎も、騎手も、その程度だと思われているのだ。
安馬に、ダメ厩舎に、下手くそ騎手とでも思っていやがる。
ユッカがまなっちゃんを背に堂々とした姿で、ゲートへと導かれていく。
見返してやれ!
そして、スタートゲートが開くと同時に飛びだし――いや、1完歩遅れたか? そう思った次の瞬間、思わず声を張り上げていた。
「おいっ!」
※
騎手には負担重量というものがある。例えば、今回の新馬戦においては54キロと定められている。その重量に合わせて、自身の体重と鞍などの馬具、さらに足りない分は鉛などの重りを装着するか、鞍に入れるなどして調整していく。
負担重量には減量制度というものもある。デビューから5年の間は勝ち星に応じて、重量が軽くなるというものだ。
30勝以下が3キロ減・50勝以下が2キロ減・100勝以下が1キロ減・さらに女性騎手は1キロ減量される。
真夏の場合はデビューから10勝にも満たず、3キロ+1キロで4キロ減となる。
一般的に、減量騎手だとスタートからの加速がつきやすく、小周りで砂も深い地方競馬のダートでは、前に行くと最後の直線でも止まりづらいといわれている。
しかし、結局は人によりけり、馬によりけり。はたして、中向真夏の場合は?




