真夏 ♡ お腹が痛いです
【8月×日 能力試験】
能力試験は実戦同様、パドック周回から行われている。
ユッカの引き綱を持って歩く大前さんから「顔色が悪いが大丈夫か」と聞かれ、大丈夫です、と言ったものの、お腹の痛みは大井競馬場に着いた途端始まり、治まることはない。
ずっと視線が気になっている。まだ辞めてなかったのかよ、と声が聞こえてきそうだ。
「実は俺もここ(大井)にいるのはきついんだよね」
大前さんも、いろいろあって竹川先生のところでお世話になることになったらしい。
さっきも冗談混じりではあるが、「暴力厩務員ご帰還かい?」などと言う人がいて、大前さんは、「何言ってんですか」と笑ていたが、内心は気にしているのかもしれない。
それでも厩務員仲間たちとは談笑もしていた。
でも、わたしは……騎手の中でも孤立していた。女性ひとりだったから。いや、違う。勝手に心を閉ざしていたんだ。
成績が伸びず、周りの目ばかっり気にするようになっていた。どんどん自分の殻にこもるようになり、もがき苦しんでいた。
そして、いつしか体が悲鳴を上げるようになっていた。
ふと、竹川先生のにこやかな顔が見たくなる。ウルルンに会いたくなる。だけど、今日はヒメの面倒を見るために先生は小林に残ってくれている。
「まなっちゃん。心配すんな。私を信じてって」
突然、大前さんからそんな声が。思わず、「えっ?」と聞き返すと、
「いや、きっと、こいつもそう思ってんじゃないかな。なんて思ったりして」
大前さんはユッカの首を優しくなでている。
そのユッカが歩きながら、ふわりと顔を向けてきた。もちろん、背に乗っているわたしを見れるわけではないが、見ようとしてくれた気がした。
ユッカとならきっと大丈夫。初めて会った時から温かなものを感じていた。そして、時折じっと見つめてくる目からは、大丈夫、そんな声が聞こえてくるようだった。
わたしはひとつ深呼吸してから、心配気な大前さんにうなずきで応えて見せた。
パドックから地下馬道を通って、レースコースへ。
ユッカはまるで自ら行くようにスタートゲートがある向こう正面へと走っていく。
軽やかな走りに、わたしの心も少し軽くなるようだ。




