表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイドルジョッキー馬になる  作者: ゆらゆらゆらり
17/98

信一 ♠ ユ、ユ、ユッカ……ユッカ!

【8月×日】


 今日から彼女(真夏)が正式に竹川厩舎所属の騎手になった。


 正式というのはまだかな? 昨日、以前いた大井の厩舎に行って了承されたと言っていたから、事務手続きとかをしている段階かな?


 俺のような地方競馬の厩務員の場合は、厩舎に直接雇用される形だから、「お世話になりました」、からの、「では、よろしくお願いします」であっという間だったが、騎手の場合がどうなのかな?


 まあ、そんなことはいいか。


 俺はヒメの食事の準備を始めた。


 そのヒメは今日も先生とお散歩中だ。あのレースでの激戦の疲れからか、コズミ(筋肉炎症)が治まらず、軽い引き運動だけにおさえている。


 おっ、戻ってきたか。


 先生とヒメ、ウルルン、そして、まなっちゃんの姿も。中向さんというのもなんだか呼びにくいし、冗談半分で探るように呼んでみると、すんなり受け入れてもらえたので、このままでいかせてもらっている


 まなっちゃんは、俺のことを大前さんと呼び続けているが……まだ会ってから4日。俺がなれなれしい?


 ヒメとはすっかり仲良しのようで、歩きながらまなっちゃんのほうへ鼻づらを向けて、甘える仕草をしている。それに対し、彼女もうれしそうだ。


 その姿になんだかホッとする。




 彼女が小林へとやってきたその日、俺と先生に打ち明けてくれた。大井の厩舎村にいた時、朝になると激しい腹痛に襲われ、起きることさせできなくなっていたと。

 だから、こちらでお世話になるわけにはいかないとさえ言っていた。


 その時、先生はいつもの優し気な笑みで、「それなら、その子の話し相手になってあげてくれますか」



 俺なんかには、今だになついてくれないウルルンが、初めて会ったその日に、正座する彼女の横で、体を寄せるようにして丸くなっていた。

 彼女はそんなウルルンを抱き寄せ、声を震わせながら、「よろしくお願いします」と頭を下げていた。


 そして、次の日の朝、彼女はウルルンとともに、「おはようございます」と元気な姿を見せてくれていた。


 まなっちゃんも先生の家でお世話になることになり、食事は彼女の担当となった。先生の健康と安全を考えても俺は積極的に身をひき、買い出しや後片付けといった後方支援にまわることになった。





 先生から引き綱を受け取っていると、まなっちゃんから、「いよいよ今日ですね」


 俺はうなずいて見せる。


 そう、いよいよ今日の夕方、ユッカがやってくる。


 さあ、いよいよスタートだ。


 だが……。







 馬運車が到着し、後方のハッチが開くと、引き綱を持って中へと入っていく。

 引き綱などいらないが、先生とまなっちゃんの手前、いちおうね。


 中へ入った瞬間、俺は思わず駆け寄っていた。ユッカが……ユッカが力なくうずくまっている。


「ど、どうした? 大丈夫か?」


 目がうつろで明らかにおかしい。


『ああ、信ちゃん……』


 声も弱々しい。


 俺は、だらりと横たわる彼女の頭を抱き上げ、「今、医者呼んでやるからな。死ぬんじゃないぞ」


 俺は馬運車の外に向かって、医者を、と叫ぼうとした時、小さな声が、『……』

 聞き取れず、聞き返すと、『たぶん、車酔い』


「えっ? 馬が?」


 そんなのあるの? 輸送疲れでぐったりとしてしまう馬がいないことはないが車酔いって……?


『私、ちっちゃい頃から車苦手で、遠足のバスも前のほうに座ってたし……この感じは間違いないわ……』


 とその時、背後から声が、「あのう、どうかしました?」


 まなっちゃんが、なかなか降りてこないから心配してか、声とともに中を覗き込んできた。


「ど、どうしたんですか?」


 彼女は目を見開き声を張り上げた。当然だ。馬が横たわっているんだから。


「なんか、車に――」


 俺の言葉は途中で切れていた。体が壁へと追いやられている。


『真夏~』


 立ち上がったユッカが、まなっちゃんのほうへと駆け寄っていく。そして、外へでて、ほほずりまでしている。


 俺は薄暗い馬運車に取り残されたままだ。


 まあ、元気になったのならそれでいいが。


 いやいや、まなっちゃんの悲鳴が。


 慌てて馬運車から降りていくと、ユッカが力なく横たわっている。




 小林牧場内がちょっとした騒ぎになったが、30分もすれば、ユッカは元気で楽しそうだった。


 親友と一緒にいられることがうれしいのだろう。


 俺の株も爆上がりだ。


 まなっちゃんも楽し気に接していたが、やはりユッカとしゃべれるのは俺だけだった。


 このこと(しゃべれること)は、とりあえず今は2人だけの秘密にしておくことになった。

 まなっちゃんだけには俺たちが話せると言ってもいいんじゃないかというと、ユッカは少し考えるように黙り込んだが、首を横に振った。


 彼女のそんな姿に、そうすることには意味がある。俺もそんな気がしてきて、「わかった」とだけ言葉を返していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ