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アイドルジョッキー馬になる  作者: ゆらゆらゆらり
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真夏 ♡ やっぱり馬が好きなんです

 鞍をはずして腕の上に乗せるように持って、馬の首を数度、ポンポンと軽く叩いた。「いい子だね。お疲れさん」


 思う存分走って、すっかり落ち着いている。


 引き綱を通している松波さんに、「よろしくお願いします」と声をかける。


「やっぱ、暴れ馬には真夏ちゃんだね」、にっこり笑うと、「お疲れ」と馬を引き連れて去っていく。


 わたしは、「お疲れさまでした」と言葉を返し、馬舎へと向かう姿を見送った。そして、向きを変えると、木柵のところに人の姿が。


 誰だろう?


 視線はわたしのほうへと向かってきている。


 たぶん知らない人だとは思うが軽く会釈して、その人とは少し離れたところにある柵戸のほうへと向かい、戸を開けて外へ。


 えっ? 


 小走りに近づいてきている。そして、目の前で立ち止まった。


「あのう、初めまして、いや、大井で見かけたことはあるから初めてじゃないか。でも、しゃべったことはないから初めましてでいいのか」


 ファンの方だろうか。

 だとするなら、ありがたいけど、今は辛い。


 そんなわたしの気持ちを伯父さんはわかってくれていて、普段は断ってくれているのだが……。実際はあの怖い顔で追い返しちゃってるって、スッタフの人が教えてくれていた。


 だから、ファンではなく大井の関係者だろうか。引退するならするで正式に手続きするようにと言われるのかもしれない。

 でも、そういう関係者の方がジーンズにシャツ姿でリュックを背負っているというのも……。


「すいません。えーっと、どちらの……?」


 探るようになんとなく。


「ああ、ごめんごめん。俺、厩務員をやってるんだけど」


 厩舎村で見かけたことがあっただろうか。

 他厩舎の馬でも、騎乗依頼があれば担当厩務員と話すこともあるが、わたしのようなダメな騎手なんかじゃ、他厩舎から声がかかるなんて、ほとんどなかった。


 自分のダメさ加減は、自分が一番わかっている。

 心はひび割れていき、そして、あの時砕け散った。雪ちゃんの事故のあの日……。


 もう競馬なんて。大井も厩舎も何もかも関係ない。そんな思いに地面へと視線が落ちる。そのまま小さく会釈し、足を踏みだした。この場から逃げ去るように。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺が来たのは田所雪香に頼まれて」


 足が止まり、そして、振り返っていた。


「雪ちゃん。意識戻ったんですか」


 思わず駆け寄っていく自分がいる。


「いや、意識が戻ったわけではなくて……あの事故の前に頼まれていたというか、なんというか……実は彼女とは幼馴染というか、お兄ちゃんみたいな感じというか――」


 話によると、雪ちゃんはわたしのことを心配して、この彼に相談していたらしい。


 雪ちゃんとは、所属が違って遠く離れていても毎日のように電話なんかで話しをしていた。泣き言ばかりのわたしを励ましてくれていた。

 わたしはスターになっていく雪ちゃんがただただ誇らしかった。


 先生(調教師)や厩舎の人からは、雪ちゃんと比べられて、怒られることも多かった。

 あからさまに、「向こうじゃなくて、なんでお前なんだ」という人もいた。


 それでも、雪ちゃんのことは大好きだったし、応援する気持ちは変わらなかった。ただ体が、体が壊れていった。


 朝起きると、激しい腹痛に襲われるようになり、朝調教に行くことさえできなくなっていた。先生や厩舎スタッフからはあきれられ、いつしか見捨てられていた。

 そして、あの日。

 テレビで雪ちゃんが芝に横たわっている姿を目にし、全てが崩れ落ちた。




「さっきの君の姿を見て、彼女が言っていたことの意味がよくわかったよ。君が誰よりも馬を幸せにできるジョッキーだってことをね」

「幸せに……?」

「そうだ。ジョッキーは馬に鞭を入れるし、苦しい思いもさせる。だけど、君を背に乗せて走っている馬は楽しそうだって」

「そんなこと……わたしのせいで、レースじゃ(馬の)力が出せなくて、かわいそうな思いばっかりさせちゃってる」


 そう、いつもそうだった。折り合いを欠いて無駄な力を使わせたり、狭いところに入って前が塞がってしまったり、全力をださせてあげることができなかった。


「まあ、それは確かにそうっちゃそうかもしれないけど……」

「そうなんです。わたしは騎手失格なんです」


 わたしは、失礼します、と言って頭を下げた。


「それでいいのかよ」


 そんな声が降ってくる。顔を上げると、怒ってさえいるような真剣な眼差しが突き刺さってくる。


「今度、俺がお世話になっている竹川厩舎に、ユッカという馬が入厩する。雪香から名付けた馬だ」

「雪ちゃんから……」

「そうだ。田所雪香が誰よりも思い入れがあった馬だ。血統だけだったら駄馬だけど彼女は惚れ込んでいたよ。凄い馬だってね。それなら当然自分が乗りたいよな。だけど、彼女は落馬事故でああなってしまう前から君に乗って欲しいって言ってたんだよ。真夏に乗ってもらうことが、その子にとって一番幸せなんだって、一番うれしいんだって」


 雪ちゃん……。


「頼む。彼女の思いに応えてやってくれ」


 彼が深々と頭を下げている。


「そんな……わたしなんかじゃ……」


 彼がすっと頭を上げた。


「俺に言えるのはそれだけだ。後は君が決めることだ」


 真剣な彼の瞳が真っ直ぐとわたしを見つめている。

 その彼の顔がふわりと和らぎ、向きを変えて歩き出した。後ろ手を振りながら、


「小林牧場の竹川厩舎で待ってるよ」






 翌日、わたしの足は小林へと向かっていた。そして後日、大井の厩舎村へと行き、先生(調教師)に竹川厩舎への所属の変更を申し出ると、反対されることもなく受け入れられた。


 短い間でしたけど、こんなわたしを本当にありがとうございました。


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