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アイドルジョッキー馬になる  作者: ゆらゆらゆらり
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信一 ♠ ほんとうに美しいね

 スタッフさんがいる建物を抜けると、木柵で囲まれた広々した場所が見えてきた。

 彼が止まり、俺も横で足を止めた。


 視線の先に一頭の馬が見える。引き綱を持っている人が必死に抑えようとするが、落ち着きなく首を上下させ、時より尻っぱね(後ろ脚を蹴り上げる)をしている。


 ひと目で気性の悪い馬だということがわかる。


 隣から、ぼそりと声が聞こえてくる。「あれみたいに気性難の馬は乗馬じゃ使えねえし、肉になるしか使い道なんてねえ」


 吐き捨てるように言って、目の前の光景を見ている。


 俺だって競馬に関わってきたから、そんな話を聞いたことがないわけじゃない。でも、改めて言われると胸がちくりと痛む。

 さらに彼の言葉が続く。「だがな、んなもん。くそくらえだ!」


 競走馬に携わる人すべてに向けた怒りのようだった。


 毎年7、8千頭の競走馬が生まれるが、種牡馬や繁殖牝馬になれるなんて、ほんのひと握りだ。乗馬などその他の行き場だって限りがある。他の馬たちは……。目の前に見えるあの馬も……。


 ふと、暴れる馬の向こうに人影が見えた。手前へとまわりこんできて、引き綱を持つ人の腕を借りて、ふわりと舞い上がった。


 鞍にまたがったのは女性? 中向真夏か?


 馬が嫌がるように大きく首を振り、引き綱が抜けて、立ち上がるように両前脚を上げた。


「危ない!」


 思わず声がでた。高々と上げた脚を下ろすと同時に鼻づらが地面につくくらい首が前と伸びた。口にあるハミへとつながる手綱も前と引っ張られている。それを持つ彼女の体も前へ。


 転がり落ちる――そう思った時、彼女は見事なバランスで体勢を立て直していた。


 馬は人を乗せたことで、さらに興奮している。前脚を上げたり尻っぱねしたりを繰り返している。




 だが――いつのまにかダクを踏むようなリズムになり、ゆっくりと進んでいっている。そして、キャンターに。


 その姿を見ていると、ユッカが言っていた言葉が浮かんでくる。『真夏が馬と一体になった時って、ほんとうに美しいの』


 まさにそのとおりだ。あんなに反抗していた馬も、なんだか気持ちよさそうに走っている。


 ふと、横の気配を感じ、顔を向けると、彼が向きを変えている。無言のまま建物のほうへと戻っていく。


 一瞬見えた彼の横顔。目が柔らかにほほ笑んでいるように見えた。


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