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歩く塔のアン  作者: 霰
塔の母子と赤猪豚
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7話


 『百年前の悪魔』。

 かつての大戦の終結と共に生まれ、犠牲者たちの怨念から魔に貶められた者たち。

 戦争の怨念が元という経緯から、大抵の悪魔は元軍人であり、大悪魔を中心に組織を成して元々自分たちの領土だった所に留まることが多い。

 勿論、領土領民を守るという軍本来の目的は失われており、怪物にされた事を逆恨みして人間を襲い殺すのだが、時には意図的に見逃されることもあるという。


 それは彼らが、かつて人間であった確かな名残。

 名実ともに悪魔である彼らの中に残る、ほんの一握りの温情だとアンは語った。


「……それがこの村なの?」


 木の小屋の中、藁の寝床で目を覚ましたクーは、空になった木製の椀を片手に話を聞いていた。


 アンが悪魔たちの大軍を抜けた先には、山と緑地に囲まれた村があった。

 住民は百を超え、土地も広い。この時代にこれだけの規模の集落は、悪魔の勢力の弱い場所でも珍しいものだった。

 ただし、


「ひ、ひぃ……」


「なんじゃ、ありゃあ!?」


 谷間を移動する巨大な塔、それを背負った少女、蹴散らされ焼き殺される無数の悪魔。

 『塔の娘』アンと、その鮮烈な進撃は珍しいどころか、この世でただ一つの景色だった。

 こんな具合で震え上がる村人たちに、アンは半ば脅迫の形で寝床と食料を用意させた。

 辺りの季節感が無いせいでわかりにくかったが、今は秋のはじめの収穫の時期であり、一人分の食料の工面に苦労は無かったという。

 そうしてクーは何とか粥にありつき、空き家をひと時の宿に得て一命を取り留めたのだ、と。


 幸運なことだが、だからといってあてずっぽうではない。

 この集落の存在は『腰巻爺』の禁書に記されたものだった。


「そう、この国の元の頭……『赤猪豚』の故郷である村よ」


「……故郷」


 アン曰く、軍隊とは厳格な縦社会であり、それは悪魔になっても変わらないという。

 上の命令は絶対であり、逆に言うと、権力を握った者は下の者全員を手前勝手に動かせる。

 同時に、動かないこと、特定の場所を狙わないことも組織に求めることができるのだ。


 以前戦った蛇男は、アンの見立て通り強者にこびへつらう性格だったらしい。

 そうした性格から、禁書の記録の中にも数々の命令や作戦、そして保身や出世のための彼自身の行いについてが記されていた。

 『腰巻爺』は生前から、首領である『赤猪豚』に公私ともによく仕え、その故郷にもよく出向き、

互いに家族の事を語らったという。

 そうして、この地の支配者だった将軍様こと『赤猪豚』の裁量で生かされていた、そう思われるのがこの村、とのことだった。


「……ただの身勝手じゃないか」


 鬼の目にも涙、という言い方もできるが、要するにえこひいきだ。

 その庇護下にない集落で生まれ育ち、家族も無くした者にとってはただただ理不尽なことである。

 悪魔にもかつての人情が残っていることを伺える話だったが、クーは特に感じたところも無いようで不機嫌になるだけだった。


「まぁ、こういう理不尽がまかり通っちゃうのが権力者なのよ。代わりに死んだあとはこのザマだけどね」


 アンは『愚総統』の禁書を軽く叩いた。

 禁書に封じられた大悪魔は首輪を付けられ、主に良いように使役され、時には痛めつけられる。

 どんな事情があったにせよ、多くの人を殺め、故郷を奪えば怒りを買い罪を負う。

 罪に報いがあるのは当然であり、それは目指す仇も同じことだ。

 クーはじっと禁書を凝視した。


「……そうだ、あいつも……あの豚も……倒せば好きなだけ殴って、切り刻んで、燃やしてやれるんだ……」


 このまま進めば、憎き家族の仇を本に封じ、思うさま引きずり回して報いを受けさせることができる。

 今更故郷や由来の話をされたところで情など湧きはしない。

 無垢な子供ならいくらか心が靡いただろうが、胸の奥に怒りと憎しみを根付かせたクーの心は凝り固まっている。

 黒い瞳の奥に危険な光を宿しながら、クーは薄い胸に復讐心の炎を燃やしていた。


 敵と対する上ではそう悪い事ではない。

 現にアンは、クーと初めて会った時にその怒りを引き立たせ、戦うための力に変えた。

 仇への憎しみのために、幼い少年は百年来の悪魔狩りと共に戦い続け、短い時間で随分な成長を見せてくれた。

 アンにとって、相棒のこの状態は本来望むところの筈だった。

 だが、


「……どうしたの、アン」


「うん?」


「いや、なんか、元気ない。お腹は……空かないんだもんね」


「顔色も変わらないわよ」


 心配するクーに、アンは薄く微笑んで見せた。

 この少年、敵への苛烈さは師匠譲りだが、元は素朴な農村の子供だ。

 怒りに飲まれていても、身内への愛に変わりはない。

 元は両親に向けられていたものが、次第にアンにすり替わっていっただけだろう。

 庇護を受けなければ生きていけない子供たちは、親の状態に敏感なものだ。

 ただの子供というにはクーは場慣れしすぎたが、平和な環境で隣人と暮らすには必要な思いやりだった。


「………」


 逆にこちらは戦いに向かない傾向なのだろう。

 そんな愛情を向けるべき家族は、悪魔に奪われもういない。

 このまま戦いに没頭し、見事仇を討つ頃には、きっとこの少年が誰かにこんな心を見せることもなくなっていく。

 縛り上げた仇敵に容赦なく鞭をくれ、いたぶり、それだけを楽しみとするようになるのだろう。


 アンがクーを自分の目的のために使い倒すつもりなら、やはりそれも悪くない。

 向けられる好意を突っぱね、これからも戦いだけを仕込めばいい筈だが、


「……ねぇクー、ここは安全だし、自由行動にしない?」


「え?」


「食料とか、あんたの物資は集めとくから、あんたはその辺見てきなさい。じゃ」


 言うが早いか、アンは既に小屋の入口に手をかけ、クーが口を開く前にはすでに小屋を出て行ってしまっていた。


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