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歩く塔のアン  作者: 霰
塔の母子と赤猪豚
7/24

6話


「我ら愛国の一味は、大いなる革命の一戦に勝利せり……」


 塔を背負い、不毛の荒野を歩きながら、アンは手にした本の一説を唱えた。

 彼女が手にするのは、先日封印した大悪魔『腰巻爺』の禁書。

 『呪われた人生』たる大悪魔を封じた本には、彼らが生前送った人生が本人の記憶を元に綴られているという。

 今追っているクーの仇敵、この地方を荒らしているという悪魔たちの長『赤猪豚』。禁書の内容を見るに、『腰巻爺』は生前からその忠実な部下だった。

 つまり彼の人物の人生を読み返せば敵の情報を得ることができるということで、アンは歩きがてらに禁書を開いていたのだ。

 それはあくまで情報収集のためだったが、


「ふむ……へぇ……ほぉん……」


「……アン面白いの、それ」


 アンは奇妙な声を出しながら、大悪魔の人生を夢中で読みふけっている。

 クーは横から覗き込んでみるが、彼はまだまだ読み書きに明るくない。

 そうでなくとも禁書の中は謎の文字が二重に綴られており、例え意味を解しても非情に読みにくいのだ。

 そのくせ、さも面白そうな様子を見せられると嫌でも内容が気になる。

 あからさまに不服そうな相棒を見て、アンは少し笑いながら解説した。


「歴史的に貴重な資料なのよ。一応こいつらも百年前の人間だからね。禁書はそれが生きていた当時の正確な記録になるの。生活やら文化の水準がどのくらいか、とかね」


「アンも百年前の人間なんでしょ? 自分の時代の事ならわかるんじゃないの」


「まぁ、今はどこも大差ないけど、昔は国ごとに暮らしぶりが随分違ったのよ。当時はあたしも国を出た事はなかったからね」


 アンが生きた当時は、丁度国同士の仲が特に険悪な時期だったという。

 当然、一般人が外国に行くのは簡単ではなかったので、アンが自由に世界を巡れるようになったのは全てが滅んだ後になった。

 各国の文化や建造物も焦土と化した後なので、それらが健在だったころを知るにはこうした記録が唯一の手段だ。

 知識欲の強いアンにとって、他国の重役の記録は資料として垂涎の品だったのだ。


 垂涎、といえばだ。


「暮らしぶり……? それがわかると、何に……」


「あ」


 討つべき敵を定め、決意を新たにした二人だが、だからといってすぐに討ち入るわけにはいかない。するべき準備が二つ残っていた。

 まずは装備。

 クーはおよそ一月の戦歴を経て、幼いながらある程度戦えるようになってきた。

 いつまでも玩具のナイフと蝋燭だけではいけないということで、きちんとした武器と『エリシオンの灯』を納めるための入れ物が必要だった。


 それと、もっと重要なもの。

 アンデッドのアンが一人で旅する分には考える必要が無いものが、クーの旅には求められたのだ。


「ちょっと、クー。しっかりなさい。塔の中にもう何もないの?」


「……林檎……もう……食べきった……」


「うー、むー……」


 食糧問題。

 本来であれば旅で第一に考えなければならないものだが、アンは死人として過ごした百年の間に当たり前のことを忘れていた。

 人間、歩けば腹が減る。

 ましてやクーは育ち盛りの少年だ。

 連日戦い続け、今まで食料は林檎だけで過ごして文句ひとつ言わなかったのは、単に粗食に慣れていたからに他ならない。

 だからアンも気付くのが遅れたのだが、何とか食料を確保しないとクーは飢え死にだ。


 しかし、無尽の荒野が広がる現代では人間の食料を探すのは難しかった。

 悪魔は人間を狙い撃ちに殺し、銀のほかに水と植物を嫌うため森を焼く。

 緑地があれば、木の実、野草、動物など、何なりと食べるものの都合はついたが、二人が向かっているのはこの辺り一帯を仕切る大悪魔の本拠地だ。

 近づけば近づくほど無事な人里や緑地が見つかる可能性は減っていくし、となると当然食料の望みは薄くなる。

 このまま進み続ければ、目的地に着くころにはクーが干物になっているだろうことは容易に想像できた。


「さて、引き返そうかしら。でも途中誰かがいた気配は無かったわよね……」


 とりあえず、と倒れたクーを塔に収容し、アンは一人で思案に暮れることになった。

 進むか、戻るか、進路を決めなければならない。

 進めば飢え死にの危険性が高い。

 戻ったところで探し物が見つかるとは限らない。

 悩ましい所だが、あまりもたもたしているとクーが危険だ。

 少なくとも彼を死なせるわけにはいかない。

 ひとしきり悩んだところで、


「……あー」


 荒野の真ん中、アンが一人声を上げた。


 一応、心当たりがあったのだ。

 最もそれはアンの知る場所ではなく、先日倒した蛇男が頼りだった。

 再び開いた禁書は人生の記録であり、地図ではない。

 しかしその中には、現在も生きているであろう人里の手掛かりが確かに記されていたのだ。

 ただ、


「博打な上に滅茶苦茶大変だけど……仕方ないわね」


 敵地の中央近く、クーも欠けた今、その道程を思ったアンは深いため息を吐いたのだった。




 空腹で行き倒れたクーは、本を積んで拵えたベッドに寝かされていた。

 彼も前々から気にしていたが、実に不思議な場所だった。

 この塔はアンに背負われ、一緒に移動しているはずなのだが、中は静かで、どういうわけか揺れも感じない。更には傾がりもしない。

 石造りの建物なのに、軋みもしないし崩れる気配もない。

 クーでもここが物理法則を無視した場所であることは容易に想像できた。


 寝心地は良好、のはずだったが、


「……眠れない」


 静かなのは塔の中だけだ。

 あろうことかクーは騒音に悩まされていた。

 具体的には外から聞こえる無数の悲鳴がその原因だ。

 野太く響き渡る醜い断末魔は、どう考えても悪魔たちのものだろう。外では戦闘が起こっているらしい。

 食料と装備を求めて移動しているはずなのだが、思い切り敵地に入り込んでいるようだ。

 悪魔の数も多いようだし、人里も緑地もこの分では望み薄だろう。


 となれば待っているのは餓死。

 この世界ではそう珍しくないことだ。

 それはわかっていたが、


「折角、悪魔を……倒せるように、なったのに……」


 故郷の敵を討つ手段を得て、討つべき相手を定めてまで、待っている結末が餓死とは無念なものだった。

 だが精神力で乗り越えられる問題ではないし、アンの加勢に行こうにも身体は動かない。

 クーの意識は途切れ途切れになり、アンが灯で作ってくれた湯冷ましも自分で口に運べず、いよいよ死の覚悟を迫られていた。


 そうしてどれだけ時間が経ったかは知れない。

 多少の物音では反応できないくらいに弱っていたので、周りで何が起こっていたかもわからない。

 ただ、聞こえたのは塔の扉が開く重々しい音と、


「待たせたわね……あ、ヤバい、ちょっと……!」


 焦ったアンの声、そして数名の足音だけだ。


 一緒に微かな香ばしい香りがしたように思ったが、


「クー!」


 正体を確かめる前に、クーは意識を手放した。


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