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歩く塔のアン  作者: 霰
二人の出会い
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3話


 「まずは練習よ」との事で、クーはアンから悪魔退治の訓練を受けることとなった。

 訓練と言ってもこの世界に悪魔退治の練習場などない。学びの場所は実地との事で、二人は手近な悪魔の拠点を見出した。

 百年前の悪魔たちは、アンの言の通り大多数が軍人だ。

 一人一人が生前に殺人の訓練を受けており、一般人よりも戦闘力に秀でる上、組織として隊列を組んだり陣を敷いていたりすることがほとんどである。

 今目の前に見える悪魔も例に漏れず、岩場の真ん中で火を囲んで円陣を組み、外周は点々と見張りが立っていて隙が無い。


 更に、持っている装備もクーが見てきたものとは違う。

 木の持ち手の付いた、長い鉄の筒のようなそれは、クーも塔での『予習』で一度見たことがあった。


「あの筒……」


「写真で見たでしょ、あれは銃よ。百年前の戦いでは、あの武器が主流だったわ」


 アン曰く、鉛の礫を飛ばして離れたものを撃つ武器だという。

 クーが見た悪魔の装備は軍刀だった。だからどうにか逃げることもできたが、あの武器は非情に長い射程を持ち、人間の身体に瞬時に穴を開けて殺すという。

 走っても逃げきれず、戦おうにもこちらの武器は鎖だ。射程が違いすぎる。

 正面からでは勝ち目は無いように思えたが、


「ビビるんじゃないの。いいこと? こいつらにだって弱点はあるのよ。今見せてあげる」


 アンはクーの手を引いて堂々と講釈を垂れながら、一切身を隠す素振りも見せずに悪魔の陣営に正面から乗り込んだ。

 そもそも彼女は無暗と大きな塔を背負って歩いている。隠密行動は根本的に無理があったのだ。

 それにしても少し離れた場所で塔を下ろすという芸当もできただろうに、大胆不敵とはまさにこのことだった、


「何だ貴様らは。ここは見ての通り我らの駐屯地であるぞ。誰の許可を得て入ってきた」


 幼い子供が堂々と陣営に乗り込んで来るのだから勿論、悪魔たちは一瞬どよめいた。

 だが彼らの行動原理は自分たちを呪った人間への仕返し。

 今も焚火の真ん中には、鉄串を打たれた人間の丸焼きが無残な姿を晒している。

 首から上は無く、前面の肉は削がれていたので生前の姿は最早推し量りようもない。

 だが、悪魔の一人が齧っている肉は丸く、先端に小さな突起がある。


「……うえ」


 あれは、形からして乳房だろう。あの肉塊、どうやら生前は女だったらしい。

 子供心に惨い殺害現場を想像したクーは、吐き気を催して身を屈めた。

 アン曰く、彼らは糧を得ずとも生きていけるとの事なので、やっていることは狩猟ではなく猟奇殺人だ。

 残忍な彼らは、自分から餌食になりに来た獲物をみすみす見逃しはしない。

 小さな子供たちを相手に、逞しい軍服の悪魔たちは一斉に銃口を持ち上げ、


「ぎゃあっ」


 直後、詰問してきた悪魔の首が飛んだ。

 アンはすでに右腕で鞭を振り切った格好になっている。

 いつの間に事を為したのかは、悪魔たちは勿論、傍にいたクーにもわからなかった。


「……まずは銀。こいつらは銀が嫌いでね、殴られるとこんな感じにぶっ飛ぶのよ。あとは水と植物も嫌いだから、悪魔退治には銀製か木製で武器を作るわね。でも」


 誰もが困惑し、固まる中で淡々とした解説の声だけが響く。

 動けずにいる男衆を尻目に、少女は落ちた悪魔の首を、髪を引っ掴んで乱暴に拾い上げた。


「き、貴様、何をする! こんなことをして、許されるとおごぉ」


「この通り、このままじゃ死なないのよ。この先はあんたも一度見たと思うけど、この火を使うわ」


 首だけで騒ぐ悪魔の口に膝をねじ込みながら、アンはカンテラの蓋を開け、いつかのように火をつけた。


「ぎゃ、ぎゃあああっ! やめ、熱い、ぎゃあああ……!」


 やはり火は一瞬で悪魔の顔全体に燃え広がり、アンの手の中で大きな火の玉となった。

 するとどういうわけか、火の当たっていない悪魔の身体も一緒に炎上し、やがて自身の首と一緒に灰になり、消えていった。


「……はい、これで止め」


 敵を容赦なく焼死させながら、やった本人は涼しい顔である。

 アン曰く、悪魔たちの本体は頭であり、潰せば残った体も消えるという。

 恐れ戦く悪魔たちの前で講義は続いた。


「こんな風に、こいつらを殺そうと思ったら、武器で動けなくした後この『エリシオンの灯』を引火させればいいわ。武器と、この火の入ったカンテラが悪魔狩りの基本装備よ。あんたにはさっき渡したわよね」


「う、うん」


 クーは懐から木のナイフと、蠟燭を一本取り出した。

 ナイフは完全にままごと用の玩具だったがしっかり研ぎ澄まされており、先はクーの指を少し切った。

 それでも所詮は玩具。到底武装とは言えない貧相な装備だ。

 右手に玩具のナイフ、左手に蝋燭を握った少年の姿は何かの儀式のようであるが、迫力はまるでない。

 しかもアンはその少年に向かって、


「じゃ、あんたもやってみなさい」


 あろうことか戦闘を指示したのだ。

 この言葉にクーは目を丸くし、悪魔たちは怒り狂った。

 この悪魔たちは今こそ見る影も無いが、国の威信を背負った元軍人たちである。

 それにあてがわれた相手が玩具を手にした子供では無理もない反応だった。


「この小娘が、ふざけているのか!」


「侮るのもいい加減にせよっ、我らはこの地の指導者であるぞ!」


「もう許せん、総員構え!」


 名誉を汚されることを嫌う軍服の悪魔たちは、頭から湯気を出しながら幼い子供に銃口を向けた。

 クーは実際に銃が火を噴くところを見た事は無いが、あの武器が人体に穴を空けることは話に聞いている。

 いっそ何も知らなければ多少は動けたのだろうが、知識を持つ事が必ずしもいい結果をもたらすとは限らなかった。


「ひ、ぃ……」


 現に、蜂の巣にされる自分を想像した幼い少年は、恐怖で足が竦んで動けない。

 この状態で戦えなどと、土台無理な話だ

 怯えて目を閉じ、棒立ちのままのクーに向かって、悪魔たちの銃が火を噴いた。


 直後、無数に響く金属音。

 クーは最初、銃に撃たれるとこんな音が鳴るのか、などと素直に思っていた。

 意外と痛くないものだ。

 というより何も感じないものだ、とも。


「……?」


 いや、おかしい。

 木の棘が刺さっただけでも痛いのに、身体に穴を空けられて何もないのは不自然だ。

 クーは恐る恐る目を開けた。


「……動けないのはまだ許せるけど、せめてちゃんと見ておいてもらいたいわね。銃弾弾くのなんて、悪魔狩りでは基本も基本なのよ。これができれば銃は怖くないから、まずは眼を慣らしておきなさい」


 目の前にはやはり、鎖鞭を振り切った格好のアン。

 その周りには先端が尖った鉛の礫が無数に落ちていた。

 ついでに、とばかりに悪魔が数名巻き添えを喰らって倒れている。

 どうやら言葉通り、本当に一発残らず叩き落としたらしい。


 クーは知らないことだったが、銃弾と言えば音速を越えるものも多い。

 その斉射を鎖を振るって防ぐなど、撃つ方からしたら悪い冗談のようだった。


「ば、化け物……ぎゃあ」


「鏡を見てからものを言いなさいこの化け物ども。あんたらぶちのめすにはこのくらいできなきゃやってらんないのよ……というわけでクー、あんたコイツ燃やしなさい」


「え」


 打ち倒した悪魔を踏みつけながら、アンはカンテラの火をクーの蝋燭につけた。

 燃やせ、とあっさり言うが、倒れているのは悪魔とはいえ元は人だ。クーはその事を知っている。

 だから当然、一瞬迷ったが、


「このくらいできなきゃ、ここの親玉は倒せないわよ。家族の仇を取りたいでしょ?」


「……!」


 アンの言葉に、故郷を襲った群れの情景が思い出された。

 大きな一体に率いられた悪魔たち。

 畑を焼き、人を斬り、暴虐の果てに両親も死んだ。

 一人っ子のクーにはただ二人の家族だったのだ。


 奪われて、ただで済ませて良いのか。

 そう想えば自然と目が開き、手が動いた。

 手足を折られ、為す術もなく怯える軍服の悪魔の鼻面に、蝋燭の小さな炎が近づいていく。


「や、やめ……助けてくれ……!」


「……僕の母さんもお前たちにそう言った。でもお前たちは止めなかった」


 人の財産を奪ってはならない。

 人の尊厳を奪ってはならない。

 人の命を奪ってはならない。


 クーは健全で平凡な少年だった。

 両親も人並には人格者であり、必然子供を真っ直ぐに育てようと、そのように道徳を教授してきた。

 だが目の前の悪魔たちはどうだったか。

 彼らは元人間だ。なのにそれらの基本を全て破り、そのくせ反省した様子もない。

 今は怪物になり果てたとはいえ、大の大人が、力と数を頼りに、逆らう者を殺して回っている。


 そこに擁護の余地などあろうはずもない。


「だから、死ね……!」


 彼らが両親を奪った今、最早クーを止める者はいなかった。

 醜い絶叫と、恐怖に顔を歪める悪魔たちを見ながら、アンは視線の端で幼い少年を見た。


「さっきも言ったけど、銃弾を弾くのは基本よ。あいつらの武器が銃だから、当然それには対抗できなきゃね。修行中はあたしが全部弾くから、今度こそよく見ておきなさい。いつか自分でもできるように」


「……うん」


 返事をしながら、クーは幽鬼のようにゆらゆらと立ち上がった。

 その顔にはもう恐怖の色は無い。

 ただ強い怒りと憎悪を称えた眼差しで、群れる軍服の悪魔たちを睨みつけていた。


 兵隊が調子に乗れるのは、市民が一方的にやられてくれる間だけだ。

 群れは、自分たちが正義であり組織の方針に間違いが無いと思うから強い。そこにいるのが安心、安全だと思うからこそ集まり、それが帰属意識となる。

 群れの方針だから平気で非道を働くし、それを間違いとも思わない。異を唱える者は全員で囲んで消し去ればいいのだ。


 だが目の前の幼子は、正面から軍の正義を否定する。

 少女の方は悪魔の群れを前に一歩も引かない。

 群れの心理に否を突き付けられ、相手を力づくで排除することもならない。

 国の威信を背負った軍である。

 そのこと自体に正義が無いと否定され、実際に先頭に立つ者が力で踏み躙られれば、あとは脆いものだった。


「に、逃げろ……!」


 群れていることが安全でないとわかれば、集団は容易く瓦解する。

 一人の腰が引けたのをきっかけに、軍服の悪魔たちは蜘蛛の子を散らすが如く、幼子たちの前から逃げ出した。

 こうすれば、誰かが生き残ることができる。

 そして親玉に情報を伝え、体制を整えた後に敵に報復する、というのが軍隊のやり方だ。

 単に命が惜しくて逃げる者もいるだろうが、中には聡い者も混じっている事だろう。


 アンは何もかもわかっている。

 となれば彼らの作戦を許すことは無い。

 銀の鎖をびしりと鳴らしながら、幼子の姿をした師弟は逃げる悪魔たちに狙いを定めた。


「倒した奴の止めは任せるわよ。死にぞこないの脳天にはナイフをぶちこんでやりなさい……それと、返事は『イエス』が優雅かもね」


「イエス、アン」




 こうして修行が始まり、この地域ではしばらくの間、引き裂かれ、焼き殺される悪魔たちの悲鳴が絶えることは無かった。

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