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歩く塔のアン  作者: 霰
塔の母子と赤猪豚
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20話


 悪魔の軍勢の前に立ちはだかったのは、塔にこもっていたクーと、蛇男の大悪魔『腰巻爺』の巨躯。

 この蛇男は元々『赤猪豚』の生前からの付き合いだったようで、過去を紐解いたアンからは腰巾着とまで呼ばれていた。

 それほどまでの側近が敵に戒められ、あろうことか自らの主人に一撃を見舞ったことに、悪魔たちは揃って困惑している様子だった。


「ち、長老隊長だ」


「本物だ」


「どうなってるんだ」


 この蛇男は組織の中で二番手だという。

 二番手と言うと聞こえは悪いが、組織の上から二番目と言えば結構な重役。意見できるのは首長ただ一人ということだ。

 最側近に横腹を殴り飛ばされた『赤猪豚』は、目を真っ赤に充血させながら裏切りの副将を睨みつけた。


「爺……これは一体どういうことだぁ。説明しろぉ……」


 散々アンに煽られ続け、その報復としての攻撃を手下に止められて、『赤猪豚』は豚の顔から湯気が出る程怒り心頭だ。

 一方、一撃を見舞った蛇男は厳つい顔を真っ青に染めていた。


「ひぃぃ、お許しください将軍様! わざとではないのです。こ、この小僧が、私をこんな戒めにぃ……!」


 蛇男の視線の先には、クーと繋がる銀の鎖。

 アンが『愚総統』を呼んだときに現れるものと同質のものだった。

 大悪魔の召喚に知識があるのはこの中ではアンだけだ。

 怒り、困惑する悪魔たちに、にやりとしながら鎖の戒めの名を告げた。


「あれは『因縁の鎖』……クーは禁書に名前を刻んだのね。あれがあると大悪魔は主人に逆らえない。あんたの首にももうすぐ付くわよ、豚野郎」


「ぶふぅ……」


「ひえええっ、お許しを将軍様、お許しをぉ!」


 主人の反感を買わないように努めて出世してきたこの男にとって、裏切りを強要されることは長年かけて築いた地位の喪失を意味する。

 なので弁明に必死になっていたが、自由になるのは口だけだ。

 『因縁の鎖』に繋がれた悪魔の体の主導権が召喚者にある以上、どんなに不本意であろうとも『腰巻爺』の力の制御は完全にクーに一存されるのだ。


「喋ってないで、殺れ!」


「ひぃぃぃ! も、者ども、避けろぉ!」


 クーが鎖を振るうと、蛇男の尻尾は本体の意思を無視して動き出した。


「ぎゃあああ!」


 まずは邪魔者からということで、蛇男の長い尻尾が今度は兵士たちを薙ぎ払った。

 避けろと言われても何せ攻撃の範囲は広く、軍勢は密集している。

 結局アンを取り囲んでいた軍勢は半数近くが一撃で吹き飛び、処刑台への道が広く開けた。

磔にされ、傷付けられた師の姿。

 そこに行けるとなれば、無視できるクーではない。


「アン!」


 クーは鎖を引きずってアンに駆け寄った。

 塔から禁書のほか、小道具類も少し持ってきたらしい。クーは懐からナイフを取り出すと、アンを縛る縄を急いで切り、戒めを解いたのだ。

 ただ、自由を得ても今の彼女に自分で動く力は無い。


「うわ、アン……!」


 四肢を傷付けられたアンは着地もできずに地面に落ち、クーも受け止め損ねて一緒に倒れた。

 体が復元するというのは本当らしく、ねじ曲がった関節は元に戻っていたが、動ける程回復したわけでもないらしい。

 つまり、拘束を解いたまでは良いがクーにとっては足手纏いが増えただけになる。

 弟子を下敷きにしたまま、アンは微かに苦笑した。


「よくやったわ、と褒めてあげたいところだけど、あたしを助けるのは後にするべきだったわね。この通り今は戦力外よ」


 ひとまず敵軍を半壊させ『赤猪豚』への有効打も得た。

 十分反撃の目はあるといえるだろう。

 だがそれにしても相手は未だに百を下らない軍勢。

 対してクーは負傷者を抱えたまま一人で戦わなければならない。

 互いに一体ずつの大悪魔を抱えているといっても劣勢に違いは無いのだ。


 クーは賢い少年だ。状況は理解できるだろう。

 それでも、彼は身内への愛着を棄てられない質だ。

 家族を無くしたことで行き場を無くしたその思いは、今はアンただ一人に向いている。

 奪った者への憎しみと同じだけ、新たに得たものへの愛も強いのだ。

 窮地に立たされても、彼の声は揺るがず据わっていた。


「だからってほっとけないよ。これ以上家族をあの豚どもの好きにさせてたまるか」


「………」


 毅然と言い返されると、毒舌化のアンも何も言えず真顔になった。

 この少年はあくまで家族の仇を倒しに来たのだ。

 そしてその中には今やアンも含まれているらしい。

 たとえ死なないとわかっていても、家族が凌辱されるのは彼にとって耐え難い事なのだ。

 鎖を左手に、木剣を右手に、小さな少年は勇ましく、軍服の悪魔たちの前に立ちはだかった。


 まだ出会って一月と少し。

 だがクーの成長は、師として、ひとまずは育ての母として、アンにはとても喜ばしいものだった。

 しかしいくら強くなったとて、この状況。このままでは彼は死ぬだろう。

 たとえ動けなくても、それを座して見守るつもりが無いのはアンも同じことだ。

 正に敵と相対している少年の背を見つめながら、アンは今自身に何ができるかを考えていた。

 どう状況が動けば、勝てるのかを。


「……一人じゃ無理よ、クー」


「アン? でも今は……」


「えぇ、今はどう足掻いても一人で戦ってもらうわ。でももう少ししたら、二人で戦える」


「………」


 つまり、アンの復活を待てというのだろう。

 それまで一人で持ちこたえろと。

 全ての問題はその時間だ。


「……どれくらいもてばいい?」


 場慣れしたクーは、すぐに言わんとすることを理解した。

 幼いが、その背と声はどこまでも頼もしい。

 アンはにやりと満足げに微笑み、


「五分。それだけあれば動けるわ」


「イエス、アン」


 決戦を志し、クーは勇敢に身を乗り出した。

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