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歩く塔のアン  作者: 霰
二人の出会い
2/24

1話


 見渡す限りに見えるのは、赤茶けた荒野と、礎だけが残った無数の建物の廃墟。

 風化した柵や、時折落ちている錆びた鉄塊の様子を見るに農村だったようだ。

 かつてこの地には国があったらしい。

 百年前は数十億を数えた人間の大多数を抱える大国だったというが、それも今や見る影もない有様である。

 当時を知る人が見たら、しとやかに涙の一つも流したのだろうが、


「ま、こんなもんよね」


 感想はこれだけ。

 今生きている人々の反応はそんなものである。

 アンは特に何の感慨も抱かない。

 実際問題、かつて人間の国があった所はおおよそ似たような状態だった。

 『百年前の悪魔』の手により滅ぼされて。


「……で、あんた、この先には何があるのよ」


「………」


「ちょっと、聞いてるの?」


「悪魔……」


「そんなことわかってるわよ、愚図ね。何があるのかって聞いてるのよ。地名とか建物とか、わかんないの?」


 クーは先からこの調子だった。

 そんなことを言われてもこの国に残るのは無尽の荒野だけである。

 地名や建築物の名前など対した意味を為さないし、実際失われているものも多かった。

 クーが答えに困っていると、アンは大げさに溜息を吐いた。


「あんたねぇ……何を楽しみに生きてるのよ。ちょっと待ってなさい……」


 言うと、アンは背負っていた塔を下ろした。

 完全に手荷物の扱いだが、大きさが大きさなので当然地面にめり込み、辺りの足場が揺らぐ。

 当然ただの石の柱ではないようで背面には鉄の大扉が付いており、アンはそこから中に入っていった。


 勝手に入っていいのかわからなかったので、待っている間手持無沙汰になったクーは塔の外周をよく観察してみた。

 積まれた白っぽい石材は苔むしていていかにも古そうだが、やはり何の変哲もない石塔に見える。

 だが出会ってからここまで数時間を歩き、その間アンの背中に張り付いて揺られていたのに、特に歪んだ様子もひび入った個所もない。

 背負い歩かれている間、アンの足音は普通の人間と何ら変わりなく、特に踏み出す度に地震が起こったりもしない。

 なのに地面に下ろされた途端に重さを取り戻したように地面にめり込む、と不思議な塔だった。


 こんな巨大なものが何故持ち上がるのか、そもそもこの塔は何なのか、と疑問は尽きなかったが、


「待たせたわね」


 それ以上調べる前に、アンは大きな本を胸に抱えて戻ってきた。

 とはいえクーが屈んだ格好で塔を見ていたので、彼の疑問は察したらしい。

 クーは勝手に検めたのはまずかったかと思ったが、アンははじめて薄らと笑った。


「ふん……まぁ、何かに興味を持つのはいいことよ」


 アンは適当な岩に座り、クーを傍に呼び寄せた。

 膝の上に開かれていた本は、どうやら歴史書らしい。

 そもそもこの荒廃した世界では書物なるもの自体が貴重品だ。クーに至っては始めて見たくらいである。


「……読めない」


「ま、農村の子じゃそうか……仕方ないわね」


 となれば当然識字率も高くない。

 クーにとって本など謎の記号の羅列だ。

 見せつけられても内容などわかる筈もなかった。

 肩を竦めながらアンが内容を読み聞かせた。


「ふん……この国、大きいだけで一枚岩じゃなかったのね。何度も複数の勢力が起こっては内部分裂を繰り返して、ついでに外部からも侵攻されてるわ。で、いざ指導者が立ってみたらそいつも暴君でこの先は居城と……踏んだり蹴ったりね、この国。そりゃ指導者は恨まれて悪魔になるわ」


「……恨まれて、悪魔に?」


「えぇ、そうよ。ついてらっしゃい」


 アンは再び立ち上がり、今度は塔の扉を開けてクーを招いた。

 中に入れ、ということらしい。

 クーは遠慮して躊躇っていたが、


「興味があるんでしょう? じゃあ入りなさい。こんな世界で楽しみは二つだけなの」


「……二つ?」


「えぇ、二つ。アイスクリームもテニスもないんだから、残ってるのはお勉強ともう一つだけよ」


「あいす? てにす……」


 結局質問もそこそこに、アンは扉を開けたまま塔に入ってしまった。

 アイスクリーム、テニス。

 どちらもクーが知らない言葉だ。

 彼女が言うには何かの娯楽のようだが、何かの例えだとしてもクーにはわからない。


 それよりもう一つが気になった。

 この世界の楽しみ、その一つは勉強だといったが、二つあるなら当然もう一つがあるだろう。


「知りたければおいでなさい。教室に入ってこない子に、先生は何も教えてくれないわよ」


「………」


 教室、先生。

 やはり農村の少年には耳慣れない。

 何の話をしているのかクーには見当も付かなかったが、やがて意を決して鉄の大扉を潜っていった。

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