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歩く塔のアン  作者: 霰
塔の母子と赤猪豚
18/24

17話


「はは、はははは! どうだ小娘、思い知ったか!」


 切り札の大悪魔召喚を封じられたアンを大声で笑うのは、あろうことか召喚された『愚総統』だった。

 何せ召喚の度に手酷く痛めつけられているのだ。鬱憤が溜まっているのはこちらも同じである。

 体のほとんどを骨粉と化しながらも何とか頭だけは再生したらしく、額に穴の開いた巨大なしゃれこうべがアンの周りを幽霊のように飛び回り、主の大失敗をさも面白そうに罵ったが、


「劣等民族の分際で、優良種たるこの私を扱き使おうなど、不届なことを考えるから天罰が下ったのだ! これからは私に」


「えぇい、お黙りっ!」


「無体うぐぉっ!」


 残った頭骨も鞭の一撃で改めて真っ二つにされた。

 アンは悪魔相手なら機嫌一つで粉々にするのだ。怒りを煽れば勿論こうなるのだが、今回は『愚総統』の言い分にも一理ある。

 流石のクーも呆れかえった顔でアンを見ていたが、事態はそれほど穏やかではない。

 いつの間にか塔の向こうにいた悪魔たちも迂回を済ませており、二人は完全に囲まれていた。

 大悪魔の登場に怯んでいた一兵卒たちはすでに態勢を建て直し、さらにクーを排除した『赤猪豚』が姿勢を低くしていたのだ。

 そして彼らの目は、尻もちをついたクーではなく、『愚総統』を収容したアンを睨んでいた。


「あ、ヤバい」


 クーに比べ、アンを手強いと判断したらしい。

 軍隊らしく統率が取れているようで、首領が狙いを定めると一斉に突撃を開始した。

 兵士たちは弾かれるのがわかっているのか銃を棄てており、一様に軍刀を手にしている。

 銃弾を弾く防御は一瞬で終わるが、かかってくる敵は受けた後反撃しなければならない。

 前線と衝突したアンは、案の定足を止められてしまった。

 そしてそこに、


「アン!」


 態勢を整えた『赤猪豚』が、轟音と共に突撃を開始したのだ。

 家一つを優に踏みつける程の巨体、その突進である。

 いかにアンと言えど、これだけの大悪魔を生身で相手にすることはできない。

 本来の対抗策は『愚総統』の召喚なのだが、そちらの手札は自滅で潰してしまった。


 つまり、


「……ごめんクー。できるだけ粘るから何とか逃げ」


 防ぐ手段は無い。

 粘るも何もなく、アンの小さな体は引き留めていた兵士たちと共に跳ね飛ばされ、高く宙を舞って、痛々しい音を立てて地面に落ちた。


「アンっ!」


 クーは弾かれたように立ち上がり、木剣を振るって師の救出に駆け出した。

 大豚の突撃は味方も巻き添えにしており、包囲の一角が弱っている。そこを衝けば突破は可能だ。

 なのでアンの傍に近づく事自体はそれほど苦労しなかったのだが、


「……!」


 救出は絶望的だった。

 倒れたアンの四肢は糸の切れた操り人形のようにあらぬ方向へねじ曲がっており、どう見ても歩けそうにない。

 クーは場数を踏み、強くなった。それでも身体的には十歳の少年のままだ。

 劇的に筋力が上昇したわけではないので、アンを抱えたままでは剣も振れない。

 つまり逃げるなら彼女を置いていかなければならないのだ。


「……ほら、わかったでしょ。一緒は無理だから大人しく逃げなさいっての」


「でも」


「大丈夫よ、悪魔と同じであたしは死なないから。体もほっとけば元に戻るし、塔もあたしの許可なしで侵入はできないわ。ちょっと捕まって拘束されるだけだから、隙をついて出てくるまで待てばいいだけよ」


 後ろ髪を引かれるクーだったが、迷っている間も悪魔の再布陣は整っていく。

 突進で行き過ぎた『赤猪豚』もゆるりと方向転換を終え、すでに次の突進の準備を済ませていた。

 逃げるなら急がなければならない。

 アンはアンデッド、生きる屍という悪魔に近い存在だという。

 未練となる事象が解決されるまでは死ぬことはなく、時間をかければ体も復元すると。

 命が失われる心配がない以上、ここは彼女の言う通り一人で退散するのが得策だろう。

 だが、


「捕まってる間、アンはどうなるの」


「……大丈夫、慣れてるわ。こんなこと、何度もあった。だから」


「………」


 百年の戦歴。

 そのすべてが勝利ではないだろう。

 時に敗れ、悪魔の虜にされ、彼女が何をされてきたのか、クーは知らない。

 慣れているとの言葉にも嘘はない筈だ。

 だが、どんなに慣れても辛いものは辛い筈なのだ

 紅茶を喜んで飲んでいた彼女は、死なないだけで普通に痛みも味わうのだろう。


 そこに想像が及べば、もうクーは黙っていられない。


「……クー?」


 兵士たちが迫る中、クーはゆらりと立ち上がった。

 確かにアンは死なないのだろう。

 しかしそれは死が終わりではないということでもある。

 これまでの戦いで、クーは軍隊という組織の悪辣さをよく知っていた。

 平気で女子供に銃を向ける相手だ。

 そんな相手に死ねない少女が捕まれば、何をされるかわからない。

 クーの脳裏には、蹂躙される故郷の姿が消えることなく焼き付いていた。


「あ、ちょっと!」


「ぶふぅ……逃げぬか、愚かな小童よ」


「ちょっと、クー! わかってんでしょ、無謀よ!」


 クーは『赤猪豚』の進路の前で武器を構え、堂々と仁王立ちした。

 勿論、そのままでは自殺行為だ。

 人間でもアンデッドでも、悪魔狩り一人の力では大悪魔には太刀打ちできない。

 ただの一兵卒なら何とかなるが、大物の相手は大物に任せるのが戦いの基本だ。

 大悪魔の力と対処を知る彼が、それをわからない筈もない。


 だから、彼の構えはか細い希望の糸を手繰るためのものだ。


「……当てはある。一つだけ」


 アンを庇い、無数の悪魔と対峙しながらも、クーの視線は少し横に逸れている。

 そこには先にアンが置いた塔が、悪魔に囲まれた格好で静かに佇んでいた。

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