14話
城門を打ち砕き、土煙の中に現れたのはクーと同じ黒髪と黒目、アンが言うところのアジア系という人種の娘だった。
体格を見るに年齢はいくらか上だが、身なりは旅立ったばかりのクーと同様ぼろぼろで痩せぎす、それが磨かれたナイフを手に座り込んでいる。
粗末な服装のなかで獲物だけが輝き、挙句怯え切った顔で二人を見上げる様子は酷くちぐはぐだった。
ナイフは見たところ普通の鉄製だろう。つまりは対悪魔の装備ではないが、料理に使うようなものではない。
軍用のサバイバルナイフという武器らしく、背に溝が彫られた刀身には厚みがあり、華奢な手で扱うには重そうに見える。
そして、今この世界で軍と言えば一つしかない。
そんなものを手にした人物が二人の前に現れたのだから意味するところはわかりやすいが、
「……さて、どちら様かしら。ここは悪魔の巣よ。何だって一般人がここにいて、そんな物騒なもの持ってるのかしらねぇ」
「う、あ……あの、あの……」
アンは胸を逸らし、わざわざ見下す格好で威圧した。
軍の装備を持つ相手だ。悪魔の手先であることは明確なのに意地の悪い事である。
娘の方はと言うと睨まれて完全に竦み上がっており、最早戦えるような様子ではない。
干戈を交える前から及び腰の娘は、結局何をするでもなく命乞いを始めたのだ。
「ゆ、許してください! ただ命令されただけなの、あなたたちを殺せって。出来なければ私たちを殺すって……で、でも、まさかこんな化け物が相手だなんて」
「化け物ぉ?」
「ひぃぃ!」
アンは娘の胸倉を力づくで掴み上げた。
化け物呼ばわりに抗議しているが、自分より大きな娘を片手で持ち上げるのだから十分である。
この通り喧嘩早い母親分に対し、クーは目的がはっきりしている分冷静だ。
無礼を責めるより先に、聞くべきことがあったのだ。
木剣を突き付けながらというのが師匠譲りだったが。
「……今命令って言ったよね。誰からなの」
「き、聞いて、どうするの」
「殺す」
こちらは脅すでもなく直球で処刑宣告だ。
娘は答える前に失神しそうな顔色になっている。
すっかり悪魔狩りが板についたクーの質問は実に単純明快。
質問も返答も必要最低限しかなく、相手が悪魔の手先とわかっているだけに殺気を隠そうともしない。出で立ちも態度も一人前の戦士の相となっていた。
それも、相手の向こうに自分の獲物が見えているからこその態度である。
二人のやり取りは、言ってしまえばただのお遊び。
悪魔の本拠地であるこの地で人間に命令を下し、今や有名な『塔の娘』の抹殺を試みる相手など聞くまでもなく一人しかいないのだ。
土煙が晴れ、現れたのは大きな広場と、その向こうには名を奪われた城。
かつてこの地を統べた王宮の前には無数の人影が見える。
広場を埋め尽くし二人を取り囲むのは、例によって軍服を着た悪魔たち。
だが彼らの前には娘と同じように武器を持った普通の人間が群れを成しており、やはり怯えた目つきでナイフや軍刀を構えていた。
丸腰の軍服が武器を持った一般人に隠れる格好。
要するに彼らを二人にけしかけて戦わせる気なのだろう。
「やれやれ、やりずらいわねこりゃ」
二人が殺意を向ける相手は悪魔だけだ。
人間相手でも戦う覚悟を固めたとはいえ、難儀な一戦になるのは目に見えている。
しかも周りは完全に包囲されているだろう。
危機的状況にアンは肩を竦めたが、
「……クー?」
相棒の少年は、そんな大軍勢すら一切眼中になかった。
睨んでいたのだ。
ずっと求め続けた仇敵を。
たとえ大軍勢の向こうにいても、一際大きなその姿はよく目立つ。
人影の中にたたずむその異形。
憎き家族の仇の姿を。
「……見つけたぞ『赤猪豚』」
大きな木剣を斜に構え、クーは軍勢に挑みかかった。