9話
「お前なんだぁ? 何しにここに来たんだよ」
そんな言葉をかけながらクーに因縁を付けてきたのは、村の中でもガキ大将といった少年と、それにくっついて歩く子供たちだった。
ガタイが良く腕白そうな少年は見るからに栄養状態がよさそうで、どこか高慢な瞳は裕福な人種に特有なものだった。
付き従う四人の子供たちは背格好はばらばらながら、やはり皆どこか卑屈そうな、そして他者を蔑むような眼をしている。
子供たちの間でも、こうした社会の中では序列が出来上がるものだ。
きっかけや経緯はともかく、この集まりは大きな少年が率いているのだろう。
一方のクーは長旅ですっかりやせ細っている。貧しい育ちだったために元から背は低いし体格はほっそりとして見るからにひ弱そうだ。
その貧弱な子供が、眼にだけは強い光を宿し、
「ここの将軍様を殺しに来た」
こうして馬鹿正直に本当の事を言うのだからたまらない。
ガキ大将の眉間があからさまに動いた。
突然現れたよそ者への洗礼として、自分たちと和合する気があるのか図る、それは自然なことだ。
この集落は将軍様こと『赤猪豚』によって庇護されている。
それに対して明確に敵対の態度を取ってしまえば、
「はぁ? 将軍様を殺すだぁ?」
「お前みたいな子供が勝てるわけないじゃん」
「第一何でそんな事するんだよ」
「お前の家族? 知るかよそんな事」
「さては俺たちの村を荒らす気だなぁ?」
当然、こうなる。
クーはたまたまこの地に来ただけで、悪魔以外に敵意は無い。
それでも正す者の無い誤解はそのまま真実になるのだ。
少なくともこの少年たちの間で、クーは村への敵対者になってしまった。
力を持て余した子供たちに、それを振り回す大義を与えてしまえば、どうなるかは非常にわかりやすかった。
子供たちの態度はある種常識的だが、クーの素性は周りからは全く未知なるものだった。
村人たちにとって彼はただの行き倒れである。
喰うに困って担ぎ込まれたこの少年が、まさか一月の間悪魔との戦歴を重ねてきたなど誰も想像できはしない。
だからこそ子供たちは、新参者に村の中での序列を知らしめるため彼に喧嘩を売ったのだが、
「……あーあ、やっぱり騒ぎになってるじゃない」
アンが駆けつけたときには、クーと村の悪ガキたち合わせて六人のうち、クーと二人の子供が石畳に倒れていた。
何とか立っているガキ大将と残りの子供も揃って鼻血と涙を流し、集まってきた大人たちから事情聴取を受けていた。
現場を見た訳でないアンにも状況は簡単に掴める。恐らくクーが子供たちの反感を買い、争いになったのだろう。
悪魔と戦い続けたクーにとって、今更人間の子供など相手になりはしない。
だがやはり疲労困憊の上多勢に無勢では厳しかったのか、力尽きたらしい。ぐったりと地面に倒れていた。
「ちょっとクー、大丈夫? 折角休んだのにベッドに逆戻りじゃないのコレ」
「うぅ……」
クーの顔はあざだらけになって膨れ上がっている。
どうも相当ひどく殴られたようだが、倒れている他の子供も似たようなものだ。
一対五で喧嘩を行い、一人は倒れたがもう五人もしっかり反撃をもらっている。多勢で挑んだ側からすれば情けない話だ。
首長格のガキ大将は心身ともに鼻っ柱を圧し折られ、挙句大人たちに叱責されて面目丸つぶれである。
屈辱に厳つい顔を泣き顔にして、客人への狼藉について必死に弁明をしていた。
「こ、こいつが悪いんだよぉ! よそ者のくせに、将軍様を殺すとかいうからぁ!」
「なにぃ?」
「……はぁ」
アンにも大方予想はついていたが、喧嘩の理由から周りの反応まで正に案の定である。
村人たちは揃い揃ってクーを睨みつけ、続いて隣にいるアンの姿に若干腰が引けた。
「……まさか」
「本当に」
一応、集まってきた彼らは大人だ。普通なら子供の、それもガキ大将の言葉など信じなかっただろう。
しかしこの二人は確かに悪魔を狩りながらこの村にやってきた。
アンの力は登場時点で知れ渡っているし、クーも自分より多勢かつ大きな相手に力を示して見せた。
村人たちの疑いの視線は次第に怒りと恐れに染まっていき、
「……お二人さん、悪いが訳を聞かせてもらいたい」
「こっちに来てもらおうか」
女子供が下げられ、殺気立った男たちが詰め寄ってきた。
いつの間にか数名が鍬や鎌を手にしている。
大人しくついていけば、どう考えても穏便には済まないだろう。
となればもう、狭い集落には留まっていられない。
「やれやれ……もうちょっと見て回りたかったけど」
「アン……?」
「さ、ずらかるわよ」
アンはクーを背負い、正面に立った男を蹴り飛ばした。
悪魔たちと渡り合う強烈な一撃だ。一般人の包囲などそれだけで崩壊である。
囲いさえ突破してしまえば、もうアンを止められる者はいない。
後は走るだけだ。
「ま、待て!」
「逃がすな!」
「将軍様を殺させるな!」
追う村人たち。
だが普段塔を背負い歩いているアンが荷物を下ろせば、その足は誰よりも早い。
逃げる二人に追いつくことができず、村人たちは一人、また一人と脱落していった。
「まぁーてぇー…!」
「………」
「しょうぐんさま、やっつけちゃ、だめぇー……!」
そうして倒れていく大人たちの中に小さな影が一つ。
あれも村の子供だろう。
先に絡んできた五人に比べると更に小さい、大きく見ても八歳くらいの女の子が、何やら叫びながらぱたぱたと追ってきていた。
彼女もいつしか力尽きたが、見送る村人たちの言う言葉は皆同じ。
それは彼の者を仇に持つクーにとっては受け入れがたい事だ。
「……どうして、あんな奴のために……」
将軍様を殺すな。
この村の守護者を殺すな、と。
クーにとっては憎き仇でも、彼らにとってはそうなのだ。
外界の人々にとってどうであれ、彼らはあの悪魔を慕っている。
まだ幼い少年にはそれがわからない。
アンに背負われながら、背中に降りかかる怨嗟の言葉に、クーはただ胸の奥を暗くしていた。