1話 冒険者の心得
『どんな意志を持とうが、どれだけ強くても敵わないものがある。それは…』
その言葉で誰かも続く言葉は“魔法”である。延々と続く長い草原の中の難路に歩き続ける中年男性は、その魔法とは何かを考えながら歩いていた。
「魔法以外にそういうものがあるのだろうか。」
彼の名前はルーク。そして苗字はない。だが【流れの獅子】という二つ名を持っているこの中年男性は歩いてあと5時間超える先の街に向かって歩いている。彼の碧眼に映る翡翠色の空に昼丸月がある。すぐそばに一筋の光が通る。
「うん?流れ星か?この時期にしては珍しいな。」
ルークの金髪の後頭部から幼児のような声がする。
「ムムムッ!普通の流れ星じゃないム!なぜならマナ感じるからム!」
「へぇ。ムー太、本当なのかぁ。あ、あれ?流れ星が落ちていないか?うん?」
ムー太と呼ばれた白いうさぎのような動物をした精霊子獣はルークの頭から飛んで流れ星のほうに向かって“遠視”した。
「ムムム、向こうの白いまどろみ森に落ちたようム。」
「はあ。これって向かって確認しなきゃいけない案件かなぁ。」
ルークは鬱陶しく頭をかきむしながら歩いていた足を白いまどろみ森の方面に向かって駆け出した。【流れの獅子】と呼ばれた中年男性が大きな物語の中心部となって累が及ぶとその時は知るよしもない。
そしてムー太は慌てて走り出したルークが背負っている荷物に飛びついた。
4年後……
ゴルサムダという黒い髪をした青年が思う原宿のような活気ある街に、彼は一つの小さなショルダーバッグを抱えて歩ていた。向かっている先にはさまざまな人種が集うギルドがある。けれど、黒い髪に黒い瞳をもつ人間は彼だけである。
「あっ!トキオだっいらっしゃーい」
元気な黄色い声がしたのは受付の子。トキオと呼ばれた彼は答える。
「ニムさん。こんにちは。今日の依頼はどうかな?」
「もちろん!できれば南の方面を中心にしてくれたら嬉しいよ。」
依頼はぴんからきりまであり、それぞれの冒険者に適した仕事を見極めて振ってくれる。そしてアドバイスもしてくれる。トキオは受付のそばにある掲示板のほうに目を向けた。
「南のほうね。えっと、トカゲ系統の討伐と数種類の薬草の採集ってとこかな。お願いできるかな。」
承りましたとニムは答え、その依頼を掲示板から消えた。そしてトキオが目の前にあるメニューに7枚の依頼が並び始めた。
「これでトキオのメニューに追加したよ。では気を付けてね!」
トキオはありがとうと笑顔で返し、ギルドを後にした。それにしても僕が異世界デビューすると夢にも思わかなったな。しかもイメージしていたファンタジーとはちょっと違っているっていうのもある意味、現実味を帯びている。
「たとえば、メニューが見れるのは転移された勇者のみのスキルとかではないんだよなぁ。誰かも見れるし、魔法で築き上げたマナシステムって仕事や暮らしにとってすごい便利だなぁ。」
言わば“スマホ”のようなもの。だが、ゲームアプリがないという点ではおおいにガッカリしたものだ。メニューが見れる手段は2つ。頭の中にオープンと唱えると目の前に視野が邪魔されない程度でメニューが表示される。もう一つはギルドに属している証として渡されるクリスタルの粒の首飾りを握って、同じようにオープンと唱えるとタブレットのような大きさの液晶が現れてスマホのようにタッチで操作できる。
後者のメニューシステムは他の人にも共有できるように編み出したマナシステムである。クリスタルの粒の首飾りのほかに指輪や魔法そのものというのも存在する。
「そういう意味では遅れた文明と感じられないっていうのがもうありがたい。」
とトキオはしみじみと思いふけながら南門のほうに歩いていく。そう。トキオは神奈川県出身である異世界からの迷い人である。ちなみにトキオは一人でぶつぶつと喋っているわけではない。そばの赤髪の少年に話かけているのだ。
「ん。」
「それでね、魔法のない“国”に生まれ育った僕にしたらマナシステムは魅力に感じたんだ。あ、ロック君そろそろじゃない?」
ロックと呼ばれた少年は頷き、遠くの風景に蔦に覆われた双子塔の頭が林のむこうから出てきた。ロックは腰に掛けている双剣の柄を両手で握る。そして二人は双子塔の林に窺いながら近づく。
「これが双子塔。気を付けて。」
「うん。後衛頑張るよ。えっとシルバートカゲとブラックトカゲ5匹ずつ。ウォータートカゲ8匹だね。多分だけどコブリンもいるみたい。」
トキオは説明の口ながらもすでに頭の中には魔法を唱え始めている。
ロック君に防御魔法と継続回復魔法。僕には遠視魔法をかける。前衛の役割に遠視魔法は相性悪いのでロック君にはかけないっと。
「ありがと。」
とロックらしい短めの言葉をかけてくる同時に林の樹木の下にある茂みから何かが飛び出てくる。
それも一つだけではなくロックに襲い掛かるのはざっと3匹。コブリンだ。屈しなくかわしながら右側の双剣を抜き、そのまま手前のコブリンの急所に斬り込む。
そして左側の双剣もまた抜き、まだ動ける最初のコブリンは無視し向こう側のコブリン2匹に向かって軽やかな足取りで飛びつく。
その隙に少年の背を襲い掛かろうとする最初のコブリンに爆音がした。トキオが放った“輝光”。これは冒険者なれば使える初心者向けの魔法である。
少年は自分の背に片棒を信頼しているのか、爆音のほうに一瞥すらもせずそのまま目の前にいる2匹のコブリンに攻撃する。
片手の剣で三重なった剣筋が致命傷にならないダメージをコブリン達に襲いかかった。
その技の勢いに余る遠心力を生かして片方の剣を素早く逆手にし、敵の柔らかい部分の腹わきに一撃。
深く刺さった剣を抜かず少年は両足を力入れ、後ろに回転飛びする。そう片方のコブリンが受けた傷をかばいながら棍棒で振り回してきたのだ。
着地した少年は棍棒を振り切った隙に避け飛びする。その先には先ほど腹脇に刺さった剣がある。
最後のコブリンが振り向いた時にはすでに少年が双剣になり、双剣にマナが集結し輝き始めた。
“十字斬り”
気づくと最後のコブリンは息を途絶えた。ロックは双剣を鞘に納めながら周辺を見回しながら「最後?」とトキオに聞いた同時に爆音がした。
“輝光”
爆音したあと落ちた音がする。そう。木の上に潜んだ弓をもつコブリンがいたのだ。
「あいかわらずトキオの“遠視”は凄い。」
感心したトキオの魔法は迷い人の特典というわけではない。単なるトキオ自身の生まれ持った素質であり、特に支援系魔法は長けている。二人は4匹のコブリンのマナを習得したとメニューに確認した後、双子塔の林の奥へ進んだ。
“探索”
二人は各々サーチしたデータを共有する。ロックは地形情報、トキオは生物情報を細かに掲載されているのを重ねて確認した。そうしたら双子塔までたどり着くのに魔物を遭遇しなさそうだと分かった。
「ん。トカゲにも見当たらないけど安全といったところ。」
「そうだね。道沿いに進もうっか。僕らの探索では採集情報がないから薬草探しながらだね。」
「ん。でも塔のふもとに薬草があるって噂。」
なるほどーと言いつつトキオは下を見ながらロックと歩いて行った。一つの魔法でも使用者の特性や魔力によって効果が変わってくる。探索のように得られる情報が異なってきたり、輝光はトキオだと連弾性の高いやや爆力高めであるのに対しロックはダメージと距離でないが、目くらましとして周囲に拡散弾として用いている。
魔法が使えない人間は一人もいない。なぜなら生命体としてエネルギーを循環し生命維持するのに魔法と同じ“マナ”があるのだから。あるとしたら後天性に呪いや特性ぐらい。
「あれ、あけてきたね。あれが双子塔か。」
双子塔と呼ばれる古びた塔が小さな丘の上に建っている。見たところ、古代時代に建てられたのか、あちこちに崩壊しかけているがロック曰く、マナによって維持されていてこれ以上は崩壊しないんだそうな。
「あそこ、青く光っているのが薬草。」
「わかった。採集しようか。僕は周辺に探索するからよろしく。」
ロックは頷き、青く光るもとに向かう。トキオはロックに付いていきながら“探索”する。周辺5kmあたりは魔物の気配がなく、さらに10kmに広げる。
トキオは首飾りのクリスタルの粒を手に、メニューにあるマップを開き、空いている片方の手でタッチした。10km以上になるとマップで見れるデータが小さくなってしまうので拡大した状態で上下左右とスワイプして確認する。
「あれ?」
さっき見たはずの何もなかった領域に人と魔物のデータがあるのを確認した。その違和感をすぐさまにロックのメニューに共有する。
そしてロックはトキオの意図をすぐ理解し纏める途中だった薬草の束をその場に放り投げ、すぐデータの位置の方向に駆け出す。トキオもそれに倣った。
「見たところ、人が魔物に襲われているということだと思う。“探索”が引っかからなかったのは魔法による妨害なのかな。」
「そ。出来るのは上級かもしくは苗字を持つ者たち。」
「うーん。魔物までも“探索”を妨害したわけだから、しかも襲われている感じはするし、意図的に妨害をかけたという感じではないかなぁ。」
あと100メートル。二人は話すのを中断してロックはそのまままっすぐに突進し、トキオは人物の方向へやや迂回するように駆け出した。その時悲鳴がした。
「いやああああああああ。」
そのタイミングでトキオは硬御魔法をそこにいる人物にかける。魔物はバリアで妨げられ、退けた。その瞬間にロックが
“双嘴突き”
二つの軌道が魔物に襲い掛かり、人物から離れた。
「大丈夫?」と人物に声をかけたところ、ロックが“輝光”を放った。一時くらます間にトキオが“探索”をかける。その場の状況を把握するためである。そしてすぐデータを共有した瞬間にロックが前に駆け出した。
「あ、あの私も参戦できます。精霊魔術師ですから。」
絞りだした声でそう言った彼女は立ちあがり、落ちていた杖を拾った。そしてトキオの後ろに下がった。そうトキオと彼女は同じ魔術師だが、詠唱や集中するかどうかで位置が変わる。
トキオは彼女の戦意を確認した後、ロックの目くらましが消えかかったら3体の魔物の影が見えてくる。
「メタルシルバートカゲだと思います。詠唱開始します。」
彼女は最低限の言葉をそう言ったとき、周辺のマナが集まりだした。トキオは自分に防御魔法をかけ、一番近くにいる魔物に向かう。
少年は襲い掛かってくる3匹の魔物を躱し続ける。
「ロック!」
トキオはそう声かけると、少年は前飛びした。魔物のかたまりにトキオとロックが挟み撃ちする形である。魔物がトキオに攻撃しようとするとロックの双剣が邪魔する。トキオは棒術と蹴術で致命傷与えないものの、魔物に煩わせる。そしてロックがその隙を突いてダメージを与えた。
そんなコンビネーションを繰り返すうちに背後から声がする。
「発動します!」
二人はすぐさまにその場を離れた。
“炎渦”
魔物たちの周辺に時計回りで火柱が発生する。彼女は発動したマナが消えていない。つまり続けて詠唱しているのだ。
“妖艶な風”
炎渦の炎が渦巻く風によって巨大化する。中心にいた魔物たちは逃げ場がなくなりまともに燃え盛り、残らず生き途絶えた。
連続魔法を行った彼女は尻もちをついた。ロックは魔物たちを確認しに、トキオは彼女の元に歩み寄る。
「えっと、大丈夫かな?助けたつもりで助かったよ。」
そこにいる魔物たちはシルバートカゲの亜種であるメタルシルバートカゲ。討伐するには高度攻撃魔法による高熱が必要になってくる。つまりロックとトキオだけでは倒すすべはなかったのだ。そういう意図を彼女に伝えたのか分からないが、ようやく口にした。
「いえ、詠唱できてよかったです。こちらこそありがとうございました。」
「僕はトキオ。そっちの赤髪はロックって言うんだ。冒険者だよ。君は?」
「わたくしは精霊魔術師のリリース……、あ、いえ、リリスです。」
「リリスさん。」
確認し終えたロックが「収穫どする?」と問いながらメタルシルバートカゲを解体する。
「いえ、わたくしは不要ですのでご自由にお持ちください。ただ、ゴルサムダに向かっていただけなんです。」
「ん。」
「そういえば、メタルシルバートカゲだけなのかなぁ?ブラックやウォーターもいたはずなんだけど。」
とトキオは探索範囲を15kmと広げる。やはり魔物がいてもトカゲのような大きさは一匹もいない。
「すみません。わたくしが倒したと思います。確認くださいませ。」
「どれどれ。あ、確かに指定の点数超えていますね。一人で倒せたんですか。」
「あ、はい。でも銀色のトカゲのほうは連続に詠唱しなきゃいけなくて逃げるしかなかったんです。」
高温に繰り出す魔法はいくつかあるが、リリスのような魔術師は2つの魔法を重ねるための集中が必要になってくる。
「リリスさん。ギルドまで同伴して頂けないかな?おそらくメタルシルバートカゲも含めてブラックトカゲとウォータートカゲを殲滅したということを報告しなきゃいけないんだけど、大丈夫?」
「いえ、助けてもらったので是非お願いします。ゴルサムダにある知り合いの家に行くつもりでしたのですぐ済むのであれば。」
「ん。解体終わった。」
二人はリリスにゴルサムダまで案内する形で向かうことになった。
「あ、その前に薬草。」
「ん。」
・基礎魔法
職関係なく誰かも使える魔法。消耗するマナが少なめである魔法がほとんどであり、発動する特徴が一人一人異なるため、協力して同じ基礎魔法を用いるのも珍しくはない。
輝光
探索
・ロック技
戦闘職の技は規則がなく、個性によって形成される一種の魔法。特にロックは双剣士の基礎技と動物の動きを倣った技が特徴である。
十字斬り
双嘴突き
・魔術師基礎魔法
魔術師系の職が使える魔法。
遠視魔法
・治癒魔法
トキオが使う魔法。信仰がある人のみが使える魔法であり、僧侶や牧師などの職業が目立つ。トキオ本人は信仰ではなく精神力だと思っている。
防御魔法
硬御魔法
継続回復魔法
・精霊魔術師魔法
リリスが使える魔法。周辺の精霊の力を借りて発動するため、その場にある性質に合わせた魔法のみしかできない。もしくは契約、持参した精霊を使役する人もいる。
炎渦
妖艶な風
・アルヤデューセ
トキオが迷い込んだ世界の名称。眠り落ちた神々があちこちに存在しており、地球より歴史は長いが発展は遅れている。
・迷い人
異世界から何らかの理由でやってきた人たちの総称。他に異世界からの生まれ変わりを転生者、召喚された人を召喚者と呼ばれる。一般人はともかく、冒険者の間では知られている。
・ゴルサムダ
冒険者と平民が住まう街。農民の畑を守るために冒険者がギルドを建設したのをきっかけに発展した。貴族や王家の影響がない幾つかの街の一つ。
・マナ
魔力、魔素、経験値、魔物の核などの総称。
・マナシステム
魔法で構築されたメニューやキャッシュレス、アイテムボックスなど冒険者だけではなく一般人にも使われる便利な機能。
・特性
他に見当たらない個人のみが持つスキルや効果。技は学んだり倣ったりすることができるが、特性は習得不可能な点がある。