第3話 僕のこと
優しい子
小さな頃からの僕の評価だ。
少し甘やかされて育った僕は、常に周りより体が一回り大きかった。
誰よりも力が強かったが、スポーツが苦手だった僕は当然のようにからかいの対象だった。
おかげで、軽いコミュ症になってしまったものの、誰にでも優しかった僕は特にトラブルを起こす事も無く、小中高校を過ごし、映画関係の専門学校に進学した。
誰からも嫌われないよう、誰にでも優しく、誰からも距離を取っていた僕には特に親しい友達は出来なかったが、おかげで映画やゲームにどっぷりハマり込み、果ては映画関係の仕事に就く事が人生の大きな目標にもなった。
大きな転機は2年前。
某電気街の路上で突然声をかけられた。
「ライブ、見てって下さいよぉ。」
ただでさえ、女の子とほとんど話した事も無かったのに、手まで握られてしまうというまさかの事態。
完全に舞い上がってしまった僕は、言われるがまま
ライブを見に行き、彼女の虜になってしまった。
その日から、彼女は僕の女神になった。
毎日彼女を思い、毎週彼女のライブに通い、息をしているその時間の全てを彼女に捧げた。
ネット投票が必要であれば、数え切れないほどのアカウントを作り、1枚千円もするカラープリンターでプリントアウトしただけの生写真も100枚以上買った。
1回5万円もする撮影会にも行き、業界人ぽいオッサンとの枕営業の噂が出た時には火消しに躍起になり、ありもしないアリバイの目撃情報をひたすらに流し続けた。
そんな僕に、彼女も
「いつまでも応援してね」
なんて話しかけてくれたのだ。
しかし彼女が、なれる筈のないキー局のお天気お姉さんになったあの時から、何もかもが変わった。
彼女を支えていた筈の僕は、彼女にとって厄介な存在になった。
突然の拒絶を信じられなかった僕は、
ただ一度、天気予報の様子を見に行っただけの僕は、
いつの間にか、1年間彼女を苦しめ続けたストーカーということになっていた。
抵抗する事もなく警察に連れて行かれた僕に、前科は付かなかった。
しかし、突然変質者の親類にされてしまった家族、
30代で都内に一戸建てを建てる位には出世している父と、Aランク大学に現役合格した出来の良い妹の、よそよそしい態度。
そして、母親の痛々しい程の優しさに対し、荒々しい言葉でしか応えられなかった自分に耐え切れなくなった僕は、誰を傷付ける事も無い、この部屋に逃げ込んだ。
有り余る時間の中、それでも僕の中では女神であり続けた彼女への複雑な感情や、また誰かを傷付ける事への恐怖でグチャグチャになってしまった僕は、ただひたすらにモニターの中の世界に没頭した。
この世界で無ければ上手くやれる。
ありとあらゆる世界を見て、ありとあらゆる対策をたてた。
過去だろうが、未来だろうが、あの世だろうが、異世界だろうが、この世界でさえ無ければ上手くやれる自信が付いた。
この地獄でなければ。
僕らを傷付けた彼女すら、傷付けられない僕の優しさを、否定してくれる世界でさえあれば。
その時は突然に訪れた。
そして、僕の世界を変えてくれたのは、この僕を地獄から救ってくれたのは、また彼女だった。
女神の、ミキりんの可愛い笑顔がその皮膚ごと剥がされ、文字通り中身だけになった彼女を見た時、僕はようやく夢から醒め、現実に引き戻されたのだ。
「ああ、なんて醜い女なんだ」