第19話 タイムリミット
母から電話が来た。
相変わらず、一定時間置きに安否確認をしてくる。
精密機器を扱う工場一体型のため、1階部分には出入口と搬入口以外、窓すらほとんど無い母の会社は安全性が非常に高い。
一見弱そうに見える搬入口のシャッターも家庭とは比べ物にならない位頑丈な上に、搬入用の大型トラックを横付けしてしまえばまず破壊は不可能だ。
食品工場でない事だけが残念だったが、略奪者達に狙われる危険性を考えればむしろ好意的に捉えるべきなのかもしれない。
母の電話だが、ネット上から妹のまとめが消えてしまった事をかなり気にしていた。
妹にも電話をかけたが、僕の言った通り寝ているのか出なかったそうだ。
少し安心した。
不規則な生活に慣れている僕に比べて、規則正しい生活を送って来た妹は体調を崩す可能性が大きい。
あまり母に心配をかけるのもどうかと思ったので、
大企業の事も含め適当にはぐらかしておいた。
ちなみに、父を殺したのが誰なのかも分からない事にしている。
優しい母には復讐の事など、
考えて欲しく無い。
備蓄は少し心許ない様だが、母の安全を再確認し電話を切った。
相変わらず被害者は増え続けている様だが、
妹のお陰でかなりの人数が救われている筈だ。
今後の情報拡散方法は少し考えなくてはいけないが、
上手く連中を利用してやればいいだろう。
それにしても僕の観察行動は、未だに観察止まりだ。
早く研究の段階まで進めなくてならない。
このままでは、奴らが行動不能になるのをただ待つだけになってしまう。
もう時間が無いのだ。
もう3日目になってしまった。
つまり、何の備蓄も持たなかった人は、
これだけの緊張感の中、
丸々2日以上何も食べていないという事だ。
明日解決するのなら。
1週間後解決するのなら。
終わりが見えれば耐えられる苦痛でも、
終わりが見えなければ心など簡単に折られてしまう。
今日まで善人だった隣人が、
明日略奪者にならない保証など、
どこにも無いのだ。
ここまで考えて、背筋が凍った。
妹のマンションは?
入り口は大丈夫だとしても、
ベランダは?
大急ぎで電話をかける。
長い呼び出し音。
父の時を思い出し、
最悪の事態を思い浮かべた瞬間、
妹が電話に出た。
寝起きと思われる、眠そうな声。
出せる限りの声で妹に喝を入れ、
すぐにベランダを確認させる。
「だいじょう…あ、ロープ?」
少し間を置いて、
妹の悲鳴が聞こえた。




