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第16話 ヒーロー

今日、みんなの顔を見た。


向かいの家のお爺さんを見た。

いつも散歩をしていたお婆さんを見た。

高校時代の友達を見た。

昔片思いをしていた同級生を見た。

街の治安維持に熱心な警察官を見た。

優しいと評判の保育士を見た。

近くの保育園の子供達を見た。

隣の家の小さな女の子を見た。


このままなら、あの親子の顔も、

明日見る事になるのだろう。


もう耐えられなかった。

そんな物、もう見たく無かった。

今日だって、知っている顔を見るたび、胸が締め付けられた。

奴らは通行人Aや通行人Bでも、ただの怪物などでも無く、一人一人名前を持った特別な誰かだったのだと気付いてしまった。


すでにあの親子を救う方法は思い付いている。

それは、"攻撃対象の上書き"

さっきまで明かりが灯っていただけのアパートの部屋よりも、もっと興味を引くものを与えてやれば良いのだ。


僕はダッシュで階段を駆け下りる。

1階まで駆け下りた僕はすぐさま車のカギを壁のフックから外し、乱雑にポケットにねじ込んだ。

玄関の扉の前には重りとして中に本を詰め込んだタンスが置かれていて、僕は渾身の力で引き出しを引き抜いていく。

引き出しを7割程引き抜いたタンスを必死でずらし、体が通る隙間を作り、ドアチェーンを外してカギを開け、ノブに手を掛けた瞬間、





初めて冷静になった。





今自分が死んだら、母と妹はどうなる。

自分が助けると言ったみんなはどうなる。

父に言ったあの言葉は、全て嘘になってしまう。


でも思った。


今ここで、あの親子を見殺しにしてしまったら、

明日、奴らの中にあの親子を見つけてしまったら、

僕は壊れてしまうだろう。



僕はただ逃げたかった。

もう全てがどうでも良かった。

正直、死んだ方が楽だと思った。



誰かを助けて死ぬなんて、俺超カッコいいじゃん。



そんな事を思いながら扉を押すと、その数センチの隙間から、けたたましく鳴り響くクラクションの音が聞こえて来た。


扉に鍵をかけ、急いで屋上にあがる。

そこには、今まさに僕がやろうとしていた事以上の光景があった。


ヘッドライトをつけ、クラクションを鳴らしながら走る1台の車。


誰が運転しているかもわからないその車は、

自分がその親子を守ると言う様に、

もう二度と、その親子を怖がらせまいとする様に、

クラクションを鳴らしながらアパートの周りをぐるりと走ると、

奴らの全てを引き連れて、大通りの方へと向かって行った。


あり得ないほどの数に囲まれ、立ち往生したその車は、

ガラスを割られ、奴らの侵入許してもなお、クラクションを鳴らし続け、


親子2人の命と、僕の命を救ってくれた、

名前も知らない特別な誰かに、


僕はいつまでもいつまでも、


ありがとうと、呟き続けていた。



2日目終了


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