第1話 いつもの朝
「うわ、ギリギリじゃん!」
8時35分。
急いでいつもの天気予報を見る。
「はぁー、ホント、今日もミキりん最高に可愛いよなあ。」
いつも通りのいつもの部屋。
声に出してみるが、誰が返事をしてくれる訳でもない。
ただ、それもいつもの事だ。
この1年間、僕は自分の部屋に引きこもっている。
家族と顔を合わさないよう、夜中か、家族の居ない時間しか部屋を出る事はなく、起きている間はほぼモニターの前。
食事の度に母親が声を掛けてくるが、この数ヶ月は返事すらしていない。
そんな僕だが一つだけ習慣にしている事がある。
お天気お姉さんのミキりんを毎朝見る事だ。
いつも笑顔のミキりん。
細い体の割に足の太いミキりん。
1年前までは売れないアイドルだったミキりん。
枕営業をしているなんて、あり得ない噂があったミキりん。
ライブの客が20人だった時も、12人だった時も、4人だった時も、欠かさず会いに行ってた僕を、絶対に忘れないと言ってくれたミキりん。
急にキー局のお天気お姉さんになった途端に、僕の全てをブロックしてしまう、おっちょこちょいなミキりん。
実は、自分の家からそんなに遠くないそのキー局の、その天気予報の様子を見に行った僕を、ストーカーかなんかと勘違いして通報してしまったミキりん。
その後、1年近く自分の部屋から出られなくなってしまった僕は、それでもミキりんの自称1番のファンで、ミキりんがお天気お姉さんを降板する迄、ミキりんを見続けると決めている。
売れないアイドルに戻る時の、
いつもの笑顔では無い、本当の顔を見るまで。
ふと、ミキりんの10m位後ろの建物の陰から、真っ赤な服のオッサンがヨタヨタと出てきた。
酔っ払っている様なそのオッサンは、立ち入り禁止のテープをズルズルと引き摺りながら少し歩くと、物音に気づいたのかゆっくりとこちらを向いた。
"あれ…赤い服じゃなくて…血?"
そんな事を思った瞬間、そのオッサンいきなりこちらに向かって走り出す。
凄まじいスピードで近づくその体はやはり血塗れで、その血はどう見てもオッサンの首、致命傷としか思えない深くえぐられた首筋から未だ吹き出し続け、その体を更に赤く染めていく。
そして、そのあまりに異様な事態に反応出来なかったであろうスタッフではなく、ただ1番近くにいただけのミキりんの、その振り向きかけた顔に噛み付き、力の限り引き剥がした。
いつもの笑顔ではない、本当の顔。
その皮膚の全てを。
全30回です。
よろしくお願いします。