7.マジですか!
フランチェスカさんに連れられて、私は教会の離れに来た。一応、ここが入院病棟ってわけだ。
でも、そこは地球の大病院とは違って、沢山の人が入院できる設備ってわけではなかった。数人が寝られる程度の大きさだね。
入院患者は一人だけ。
それと付き添いの侍女が一人。
多分、その患者が、リニフローラ様から『私を必要とする男児』って言われていた人だろうね。
ただ、頭から毛布を被っていて、どんな顔だか見えないけど、美形だったら嬉しいなぁ。
その青年のステータス画面が開いた。
疾患は脳腫瘍だって。そりゃあ痛いはずだよ。
本来は、聡明なお方みたいだけど、この病気のせいで優れた頭脳を使うのがキツくなっちゃったってとこだろうね。
年齢は16歳。私の二つ上。
で、職業は…………って、はははははは、マジですか?
ブロッキニア王国の第二王子って書かれているよ。王子様みたいな人じゃなくて、マジで王子様だったぁ!
それで侍女が付き添っていたわけね。はいはい。
イケメンかどうかは分からないけど、急いで治療してあげないと。
先ず私は、彼の毛布をはいだ。
出てきたお顔は、期待以上のイケメン!
正直、私のタイプだよ。
こんなイケメンとお近づきになりたい……って言うか、お付き合いしたい!
これは嬉しい。モチベーションが思い切り上がるよ!
勿論、『モチ』であって『マスター』じゃないよ!
でも、このイケメンを見ていたら『マスター』になりそう!
それは、さて置き。王子様当人は、非常に険しい顔をしているよ。
そりゃあそうだよね。
ムチャクチャ頭が痛いはずだもん。
……って別に私の顔を見て、
『タイプじゃない。チェンジ!』
って感じで険しい表情になったってわけじゃないよね?
まあ、それも置いといて、早速治療に取り掛かるよ!
「これから私が治療します。そのままにしていてください」
私は、そう言うと彼の頭に両掌をかざした。
今回ばかりは、さすがに振り無しでやるのはマズイって思ったんだ。
場所が場所だけに、ウィルキンソン親子の時よりも数段気を遣う。
脳みその治療だからね。
細心の注意を払うよ。
でも、脳みその治療って言うとバカを治すみたい。
全然、意味は違うんだけど。
若いから進行が早いってことなのかな?
結構、腫瘍が大きくなっている。
とにかく腫瘍部位を体外に転移。
そして消滅!
さらに機能障害が無いことをチェック。これで全て完了!
その間、わずか数十秒だったけど、もの凄く長い時間に感じたよ。
でも、これで完治したはず。
だって、私のステータス画面の治療患者数の表記が5/10,000に変わったもん!
あっ!
大丈夫みたいだ。
それまで険しかった王子様の表情が、もの凄く和らいできたよ。治ったみたいだね。
ってことは、さっきは別に私の顔が気に入らなくてイヤな顔をしていたってわけじゃないってことだよね?
そりゃあ、私は一応、カワイイ系美少女のはずだもん。チェンジを希望されるってことは多分無いよね?
そう信じたい。
「ご気分は如何ですか?」
「すっかり痛みが消えたよ。君が治してくれたのかい?」
「はい。頭の中のデキモノを治癒魔法で取り除きました。もう大丈夫です」
「君の名は?」
「ラヤって言います」
「ラヤか。君のお陰だ。ありがとう」
うわっ!
イケメン王子様が満面の笑みを浮かべているよ!
これはイイ目の正月だぁ!
私のファーストキスの相手……ラージェスト王国・アデレー王国連合軍にいた王子様よりも確実にイケてるよ、うん!
侍女の方も、
「ありがとうございます」
って言いながら派手に嬉し涙を流していたよ。
治って良かったね!
で、王子様から、
「僕の名前はイリヤ。ブロッキニア王国の第二王子です。是非ともお礼がしたい。勿論、それとは別に治療代も追って支払うけど、いくらになるのかな?」
って言われたけど、うーん、どうしよう……。
私の治療費一覧表によると、今回の治療代の相場は三百万Zenって出ている。
結構進行していて腫瘍が大きくなっていたからね。
でも、日本円にして三千万円か。こんな大金をふっかけてもイイのかな?
さすがに私も、返答に困っていた。
すると、イリヤ王子は、それを察してくれたんだろう。
「とんでもなく高額になるのは覚悟しているよ。これまでに何人もの導師達に、こぞって言われて来たからね。
『治療は不可能だ!』
『頭の中に大きなデキモノが出来ていて上手に除去するのが難しい』
『一歩間違うと死んでしまう』
『仮に治せても色々な機能障害が残る可能性が否定できない』
って。
そうそう、
『どんなにお金を積まれても治療は出来ない』
とも言われたよ。
それで、ブロッキニア王国で一番の治癒魔法を持つゲオルギー導師のいるブロメリオイデス教会まで来たけど、ゲオルギー導師でも治すのはムリって言われてさ……」
そう言って彼は、正当な対価を支払うつもりであることを私に伝えてくれた。
たしかに脳腫瘍の手術の後に、後遺症として高次脳機能障害が起こり得るらしい。記憶障害とか注意障害、遂行機能障害、知能の低下、社会的行動障害とか……。
これは、私のステータス画面の辞書機能に書かれていたことなんだけどね。
でも、私の治癒魔法は、その辺のところもキチンと回避して治療できるハイパーなレベルらしい。
これも辞書機能に書かれていたことね。
もっとも、王子を救うために女神様が私をここに来させた……と言うか送り込んだんだから、そのレベルに設定されていて然るべきなんだろうけど。
完全に、ご都合主義のスーパー魔法だよ!
それから話は変わるけど、この教会の導師様はゲオルギーさんって言うんだ。
ってことは男性だね、多分。
どんな人かな。
まあ、そのうち会えるでしょ。
「ゲオルギー導師は、僕を治せる者を教皇から紹介してもらうために本部に行ったって聞いたよ。君が教皇から紹介されて来た人なのかい?」
「違います。まだ導師様は戻ってきておりません」
「えっ? じゃあ、君はいったい?」
「異世界転生者です」
「へっ?」
王子様が、
『意味不明だよ、それ』
って言いたげな顔をしているよ。
その気持ちは分かるよ。
私だって当事者じゃなかったら同じことを思うもん。
「実は、私は今日、別の世界から来ました」
「別の世界?」
「はい。実は、私は異世界で罪を犯し、その罪を清算するために、この世界で人々の治療に当たるよう命じられたのです」
「命じられたって、誰から?」
「前にいた世界の女神リニフローラ様からです。この世界の女神アクアティカ様の友人と伺っております」
「信じられないけど……。でも、たまたまでも、この場にいてくれて助かったよ」
「たまたまじゃないんですよ」
「えっ?」
「私は、この世界に転生したら、すぐにブロメリオイデス教会に行くようにリニフローラ様から命じられていましたので」
「じゃあ、僕を助けるために?」
「はい」
「すると、君は僕を助けるために天から遣わされた御使い様ってとこか」
「別に、私はそんな大それた人間じゃありません!」
「いや、僕にとっては十分、御使い様だよ。じゃあ、失礼の無いお礼を考えておくよ。そうそう、治療代は?」
でも、さすがに三百万Zenとは言い難い。
私は、
「済みません。三十万Zenです」
十分の一の価格を提示したよ。
「思っていたよりも数段安いな。それで僕の命が買えたのなら、本当に安いものだ。キチンと用意するよ」
あれっ?
これなら正当な治療費を提示しても大丈夫だったかな?
失敗したかも。
「あと、一つラヤにお願いがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「異世界から来たって言っていたよね」
「はい」
「なら、他の国には行かず、ずっとブロッキニア王国にいて欲しい。この国の人々のためにも……。それに、その方が僕としても安心できるしね。君がいてくれれば、どんな病気にかかっても大丈夫だから」
「実は、フランチェスカさんからも、この教会に留まって欲しいと言われておりまして、しばらく、この教会にいさせていただくことにしています」
「そうか」
「それに、もし、この教会を出て行かなければならなくなった時には、イリヤ王子に働き場所を紹介していただくことにします」
「んじゃあ、その時には僕の妃にでもなってもらおうか」
「ご冗談を」
「いやいや、冗談ではないよ。多分、僕は、あのまま放っておいたら近いうちに間違いなく死んでいた。そうだろう?」
「はい」
「しかも、誰も治せない難病。それを君が治してくれたんだ。あっても不思議な話ではない。勿論、現国王陛下の許可が必要だから、この場で勝手には決められないけどね」
「でも私は……」
「イヤか?」
「別にイヤではありませんけど」
「なら良いではないか?」
「ダメですよ。だって、私は王族貴族の立ち振る舞いなんて出来ませんし、それ以前に知りませんもん。身分も王族と平民で違いすぎますし、正直、イリヤ王子に恥をかかせるだけですから」
「別に立ち振る舞いなんて後から覚えてもらえば良いだけなんだけど……。身分も治癒魔法使いは別格だから問題無いし」
「そ……そうなんですか?」
「うん。基本的に治癒魔法使いは一般平民とは扱いが違うんだ。明確な定義は無いけど男爵と同等ってとこかな。ゲオルギー導師のレベルになると子爵クラス、教皇だと伯爵クラスで扱うけど」
それは知らなかった。
まあ、この世界特有のルールなんだろうけどね。
「では、私は男爵扱いってことになるんですか?」
「今はね。でも、誰も治せなかった僕の治療を成し遂げたわけだし、最低でも伯爵クラスの扱いだろうね。もしかすると、伯爵を越えて侯爵クラスで扱われることになるかも知れないよ。それと、失礼だけど歳はいくつ?」
「14歳です」
「僕の二つ下か。なら、全然問題ない。妃の件に関しては追って連絡するよ」
「ちょ……ちょっと」
「これは決定ね」
と言いながら王子様は明るい笑顔を見せてくれた。
それにしても、うーん……。一方的だ。
どうやら、私には拒否権と言うモノが無いらしい。
相手が王子様じゃ仕方が無いか。
侍女の方も苦笑いしていたよ。
まあ、別に悪い話じゃないんだけどね。イケメン王子だし、実際、私のタイプだしさ。
こう言う展開だって、地球にいた頃にはホンキで憧れていたしね。主人公の女性がイケメン王子様とかイケメン社長とかに求婚されるってヤツ、あるじゃん?
なので、実を言うとマジで嬉しいし、この場でOKしちゃいたいくらだよ。正直、内心浮かれているし。
でも、まだ私は大田原金之助に戻ってしまう可能性もあるわけだから、今の段階で素直に『はい』とは言えないんだよね。
結局のところ、求婚を受けるにせよ受けないにせよ、一万人の治療を急がなきゃならないってことだけは確かなんだろうね。
一日も早く、この姿に固定するために。
同年代ってこともあって、その後も少しお話をさせていただいたけど、この王子様は、私が前世でどんな罪を犯したかについてだけは聞こうとしなかった。
聞いちゃいけないことって思ってくれているんだろう。やっぱり、他人に知られたくないことってあるからね。
きっと優しい人なんだろうなぁ。
まあ、別に私は、殺人罪のことを知られてもイイけどさ。フランチェスカさんには話しちゃったし。
でも、向こうが聞いてこないんだし、今はムリに自白する必要も無いか。
一先ず、イリヤ王子は病み上がりってことで、後は侍女の方にお任せして、この辺で私達は退室したんだけどね。
ただ、本館に向かう途中、フランチェスカさんは、
「ご婚約おめでとうございます!」
って言いながら勝手に喜んでくれていたよ。
正式には、まだ決まってないんだけどさ。
でも、まあ、もう私は、この教会の一員ってことになっているからね。
この教会の治癒魔法使いが妃になれば教会の知名度も上がるし、色々と便宜を取り計らってもらえるだろうし。フランチェスカさんにとっても、悪い話じゃないんだろうね。
その後、私はフランチェスカさんに、部屋に案内してもらった。私が使う用の部屋ね。
客室として何部屋か用意されていたんだけど、その一室を使わせてもらうことになった。
あと、嬉しかったのは教会にはお風呂があること!
フランチェスカさんに聞いたけど、やっぱり今は夏みたい。この時期に汗をキチンと流せるのは有難い。
お風呂をいただいた後に、私はステータス画面を開いた。
辞書機能なんてものがあるんだから、検索画面なんてものは無いのかなって思ったんだ。
そうしたら、思った通りありました。
ただ、これはネット検索画面と言うよりもチャットボットって感じだね。一問一答式で答えてくれるみたい。
もっとも、こんな機能は誰にでも付いているモノじゃないだろう。私のために特別にリニフローラ様かアクアティカ様が授けてくださったに違いない。
感謝しております。
検索しても、結局のところ辞書機能から回答が返ってくるだけみたいなんだけどね。
でも、この機能は大事だ。正直、降りた国の名前だって、イリヤ王子のステータス画面を見た時に初めて知ったくらいだもん。
それで、分かったことがいくつかあるけど、その中で私にとって特に重要なのは町の人口。
このブロッキニア王国の人口は全部で百万人くらいだけど、この町と近隣の町だけじゃ到底十万人にも満たないってこと。
それで一万人を治せって?
じゃあ、私が治す人は延べ人数でもOKなのかな?
つまり、再診もカウントするってのは?
それも検索……って言うかチャットボットに質問したけど、答えはNo!
つまり、あちこち出向いて患者を診ろってことだね。
キツイなぁ……。
転移魔法使いの同行無しじゃ一万人クリアは難しいよね。
後でフランチェスカさんに相談しよう。
あと、教皇様は、このブロッキニア王国内にいるみたい。
それと、遠方の国から教皇様にお会いになる時には、転移魔法使いを同行させるのが普通だって。
そりゃそうだろうね。
私だって同じ立場だったらそうするもん。
物価は、食パン一斤が10Zenから20Zenくらい。
それで今の日本の物価に合わせると、1Zenが10円くらいってことになるんだろうね。