6.食と住は何とかなりそう!
まあ、この場でいきなり夕食を食わせろって言われてもムリか。
娘の命を救った相手に食事を振る舞うんだもんね。
見た感じ貴族っぽいし、普通に考えれば上客扱いしてくれるだろうから、それ相当に準備が必要なんだろう。
でも、いきなりダイエットかぁ。
さすがに、私も残念な表情が顔に出てきたよ。
すると、教会の女性が、
「導師不在時に、代わりに治療に当たって頂いたお礼に、パンとスープで良ければご馳走します」
と言ってくれた。
ラッキー!
「では、済みませんが、お言葉に甘えさせていただきます!」
もう、遠慮なんてできる状態じゃないもんね。
私は、喜んでパンとスープをいただくことにしたよ。
食事がいただけるって聞いただけで元気も出てきた。
でも、食事の前に、まだやらなきゃいけないことがあるんだ。
男性の方のステータス画面も見えたからね。
私は、その男性に、
「最近、鳩尾の横が痛くありませんか?」
と聞いた。
ちょっと回りくどい言い方に思えるよね、きっと。
地球でなら、
『胃は痛くありませんか?』
って聞くところだもん。
だけど、この世界では、人体解剖なんてされていないみたいだし、まだ胃と言うモノの存在とか機能がキチンと知られていないっぽい。
なので、私は、こう聞かざるを得なかったんだ。
「何故分かる?」
「私には診断魔法がありますので」
実は、この男性は胃潰瘍だったんだ。
「そうか。娘が数日前に怪我をしていたのも見抜いていたくらいだしな。それで、治せるのか?」
「はい」
「では、よろしく頼む。ただ、ベッドの上は娘が寝ているが」
「椅子に腰かけていただければよろしいかと」
「分かった」
娘が治ったのを見たからだろうね。
随分、素直に従ってくれたよ。こんな小娘に。
その男性が近くの椅子に腰かけた。
私は、早速、その男性の胃の辺りに右手をかざした。
すると、数秒後には、彼は胃の痛みから完全に開放された。
マジで凄くチートな治癒魔法だよ。
便利過ぎ!
「凄く楽になった。ありがとう」
「どう致しまして」
「私はウィルキンソン子爵。こんなに身体が楽になったのは久しぶりだ。それで、お前の名は何と言う?」
「ラヤと申します」
「ラヤか。珍しい名前だな。では、明後日の夕食は楽しみにしていてくれたまえ。それと治療代はいくらになる?」
すると、私のステータス画面が開き、治療費一覧表のページに切り替わった。
こんなのあるんだ!
医療行為に対する、この世界での大凡の相場が記されている。これは助かる。
破傷風治療なら六千Zen、胃潰瘍なら二千Zenって書かれている。これが労働単価として高いのか安いのか、私には全然分からないけどね。
それから、Zenは、この国の通貨単位ね。
1Zenが大体10円くらいだって。
ってことは八万円!?
イイ稼ぎになるね、これ。
「併せて八千Zenですけど」
「その程度で良いのか?」
「でも、それくらいが相場かと……」
「分かった」
ウィルキンソン子爵は、その場で私に小金貨八枚を渡してくれた。小金貨一枚が千Zenってことだね。
でも、ここで値切るような人じゃなくて助かったよ。
むしろ、
『そんな安いの?』
って感じにしてくれているしさ。
中には、何が何でも先ずは値切るところから始める人っているじゃん?
実は、そう言う人が、あんまり得意じゃないんだ。私は値切る文化で育っていないからなんだけどね。
勿論、それは飽くまでも私の場合がそうだってことであって、そう言う文化で育ってきた人なら、それが普通なんだろうとは思うけどさ。
まあ、それは置いといて、私は、頂いた八千Zenを、急いでアイテムボックスに仕舞い込んだ。
アイテムボックスもお与えいただき感謝します。盗まれてもおかしくない大金だもんね。
ウィルキンソン子爵が、娘を抱きかかえた。
そして、
「では、ラヤとやら。明後日の夕方に、改めてこの教会に来る。それでは」
と言うと、彼は教会を後にした。
でも、親子そろって健康を取り戻せて良かったね!
私もステータス画面の表記が4/10,000になって助かったよ!
なんだかんだでWin-Winの関係なんだよね。
部屋の中は、私と教会の女性の二人きりになった。子爵親子がいなくなっただけで、この空間が、随分と広く静かに感じるようになったよ。
「では、ラヤさんでしたね。こちらへ」
「はい。有難うございます」
そして、私は、その女性に連れられて、一先ず食堂へと向かわせてもらった。
これでパンとスープ、ゲットだぜ!
食堂は、思ったほど広くは無かった。数人が食事できる程度かな?
一応、厨房とは区切ってあるけど、テーブルが一つ置かれているだけで、特に大人数での食事は考えていないみたいだね。
私がテーブルに着くと、その女性がパンとスープを運んできてくれた。
「本当に、ラヤさんがいてくれて助かったわ。私はフランチェスカと言います。この教会の受付とか雑用をしています」
「こちらこそ、お食事をいただけて感謝します」
早速、私はパンとスープを口にした。
どっちも味は今一つだったけど、贅沢を言っていられる立場じゃないからね。
有難くいただいたよ。
これが、この世界の人達にとっては美味しいモノなのかも知れないしね。
ただ、これがずっと続くんだと、私には結構キツイかも。
それで特例で調味料だけは出せるようにしてもらえたってことか。
「ラヤさんには初めてお会いしますけど、このタテイの町には、何時頃から?」
「今日、この町に来ました」
「そうだったんですか。あの親子も、そう言う意味では幸運だったと思います。もし、ラヤさんが来るのが一日ズレていたら大変なことになっていたでしょう」
「それは、あるかも知れませんね」
「それで、どちらから?」
「信じてもらえるかどうか分かりませんけど、実は異世界から転生してきました」
「はっ?」
「元々、地球と呼ばれる世界にいました。そこから一回、ブルバレンと呼ばれる世界に召喚されて、そこで戦死しているんです」
「はぁ……」
「そして、神様が戦死した時の年齢で、私をこの世界に転生させてくれたんです。ただ、私はブルバレン世界で大きな罪を犯しました。魔法で大量に人を殺したんです」
「えっ? 魔法で殺人なんて出来るんですか?」
「その世界にいた時は出来ました。でも、その魔法は、この世界に転生する時に神様に取り上げられました。ですので、もう使えません」
「でも、そんな世界があるんですね。この世界では、直接、人を殺める魔法を女神様が認めておりませんので」
「そ……そうなんですか?」
「はい。この世界を統べる女神、アクアティカ様は二つの系統の魔法を禁じたと聖書に書かれております……」
うわっ! この世界にも聖書が存在するんだ!
まあ、地球のモノとは、内容が全然違うんだろうけどね。
「二つの系統って、どう言った魔法でしょうか?」
「一つ目は殺人に直結する系統の魔法です。もう一つは物質創製魔法です」
丁度この時だった。私のステータス画面が開いて辞書機能が起動した。
そこには、フランチェスカさんが言っていた内容についての追加説明が書かれていた。
このトモティと呼ばれる世界を統べる唯一絶対神は、女神アクアティカ様。神様に性別は無いっぽいので、神様って呼んでも女神様って呼んでも構わないみたいだけどね。
そう言う意味ではリニフローラ様も女神って呼んで構わないみたい。じゃあ、これからは女神様で統一しよう。
フランチェスカさんが言った通り、アクアティカ様は、殺人に直結する全魔法と物質創製魔法をトモティ世界では与えないことにした。
まず殺人に直結する魔法は、殺人そのものが大きな罪となることから禁じられた。罪を犯させないための予防的処置と言ったところなんだろう。
それから、物質創製魔法は、これがあると人々がまるっきり働かなくなるために禁じることにしたようだ。
たしかに無から何でも作り出せたら、衣食住の心配が無いし、労働の意味が無くなるもんね。全員が何もしないで食っちゃ寝の生活になるよ。
と言うことで、火炎魔法や雷魔法は人を直接殺せるから、この世界には存在しないことになる。
水の魔法とか氷の魔法は、物質創製魔法の一つと考えることができる。なので、これらも存在しない。
これらの魔法が無い異世界って、なんか、私のイメージとは全然違うけどね。
リニフローラ様が、私から首ちょんぱ魔法と、服とか靴を出す魔法を取り上げたのは、この世界では、それらの魔法が認められないからってことだ。
そもそも与えられない魔法ってことになる。
じゃあ、マジで調味料だけでも出せるってのは超特例ってことなんだ!
これはリニフローラ様に超感謝だよ!
ただし、間接的に殺人に関与する魔法は許可されている。何故、禁じていないかって言うと、例えば魔法で物質加工して作り出したモノが、殺人目的で作ったモノでなくても結果的に人を殺してしまうことがあり得るからなんだって。
例えば、魔法で金属加工して包丁を作ったとする。
包丁で人は殺せるけど、かと言って包丁を取り上げられたら、この世界の人達だって不便だ。料理するのが大変になる。
それから、魔物退治のためには武器が必要だろう。
これらだって、当然、人を殺す道具になり得るけど、これらを取り上げられたら、この世界の人達は魔物に対抗する術を失うことになる。
それで、間接的に殺人に関与する魔法はOKってことになっているらしい。
「ところで、ラヤさんは、今日、泊るところとかは?」
「実は……、行くあてがありませんでして……」
「では、この教会で働いていただくことは可能でしょうか?」
「導師様の許可無しで、勝手に決めてイイんですか?」
「大丈夫です。この教会の土地も建物も、実は私が父から受け継いだものでして……」
えっ?
単なる受付とか雑用係りの方かと思ったら、実は、この教会のオーナーだったぁ!
「じゃあ、導師様は、この教会の方ではないんですか?」
「中央から派遣されて来た者です。とても真面目で誠実な方ですよ」
「今日は、どのような理由で出かけられたんですか?」
「実は、この教会の離れに一昨日から入院している青年がいるんですけど、激しい頭痛に襲われていて。もう、何ヶ月も前から痛いんですって。それで、導師様を頼って、この教会に来たんですけど、導師様でも治せなくて……。それで導師様は青年の治療をお願いするために教会本部まで教皇様にお会いするために昨日から教会を離れているんです」
ステータス画面に搭載された辞書機能によると、この世界では教会に治癒魔法の使い手が集まって医療行為を行っているらしい。
なので、その導師様も、神の教えを説くと同時に治癒魔法で医療行為を行っているみたいだ。
なら、この教会にとっても、私が居留まった方がラッキーってことか。
これも、私と教会にとってWin-Winな関係になるね。私も衣食住のうちの食と住が手に入るってことだもんね、多分。
ちなみに、この世界では治癒術師とか治癒魔法使いって言葉を使わずに導師って言葉で一纏めにしているっぽい。もしくは教頭か……。
それと、この世界では、医療行為に対する報酬は非課税なんだって。なので、さっきの八千Zenには税金がかからない。
有難いことだ。
「そうですか。その青年に会わせていただけますでしょうか?」
「診ていただけるんですか?」
「はい。喜んで」
「治せますか?」
「さすがに、そればかりは診てみないと分かりませんが……」
「それは、そうですね」
でも、その青年の病気は治せると思う。多分、リニフローラ様が言われた、
『私を必要とする男児』
って、その青年のことだと思うからね。
少女漫画に出てくるようなイケメンでカッコイイ王子様みたいな青年だったら嬉しいけどな。